14歳で母親に売られた元慰安婦もいる、日本は証拠を示して反論せよ

 (前回のつづき)
 戦時中の朝鮮人慰安婦は、間違いなく任意の売春婦で、兵隊の何倍という高給を得ていた。ダイヤで身を飾り、朝鮮の郷里に家を3軒立てたものもいた。この慰安婦問題が捻じ曲げられて韓国の日本攻撃材料になったきっかけは、確か金学順という元慰安婦が、「戦時中もらったお金は軍票だった。現在は使えないから、日本政府に賠償してもらいたい」ということだったでしょう。

 しかしさすがに性を売る仕事だ、と胸を張ることが恥ずかしかったのか。周囲に入れ知恵するものがいたのかもしれない。「強制連行された、拉致されたのだ。お金は一銭ももらっていない。売春を強制され、その後多くの者が殺された」などと言い出した。いや、でっち上げたストリーを言わされてきたのでしょう。

 この金学順の当初の発言が、「ハンギョレ新聞」に掲載されたことがあるという。
 1991年5月15日の同新聞では、『生活が苦しくなった母親によって14歳の時に平壌のあるキーセン検番(日本でいう置屋)に売られていった。三年間の検番生活を終えた金さんが初めての就職だと思って、検番の義父に連れていかれた所が、華北の日本軍300名余りがいる部隊の前だった』と。
 孫引きであることをご了解いただきたい。しかし何が日本軍の「強制連行」ですか。母親による人身売買ではありませんか。

 しかも詐話師・故吉田清治が済州島から日本軍のトラックで」朝鮮女性を強制連行したという話は、子息が言葉で否定しただけではなく、吉田が半島に建てた石碑の文字を読めなくするなど、物理的にも否定している。吉田と捏造の共同作業に携わった朝日新聞も誤りを認めた。本来なら「勝負あった」はずでしょう。

 前回、過去からの交渉を通して、韓国は「慰安婦問題を正当化する材料」を徐々に強力にしてきた、と書きました。どういうことか。長くなりますので、ごくごくざっくり述べてみます。
 日本の首相や官房長官がどんな発言をしてきたか。

 「従軍慰安婦の問題が取り上げられていますが、私は、このようなことは実に心の痛むことであり、誠に申し訳なく思っております」(宮澤喜一首相、1992年1月17日)
 「従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる」(河野洋平内閣官房長官、1993年8月4日)
 従軍慰安婦問題は、女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、私はこの機会に、改めて、心からの深い反省とお詫びの気持ちを申し上げたいと思います(994年8月31日、村山富市首相)
 「従軍慰安婦の問題に触れられましたが、私はこの問題ほど女性の名誉と尊厳を傷つけた 問題はないと思います。そして、心からおわびと反省の言葉を申し上げたいと思います」(1996年6月23日、橋本龍太郎首相)
 「従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを申し上げます」(2001年小泉純一郎首相)

 何人もの歴代首相や官房長官が「心からのお詫びと反省」を述べている。ことに橋本氏や小泉氏などは、元慰安婦に対する謝罪の手紙も出している。河野洋平氏は官房長官時代、あの悪名高い「河野談話」を出し、謝罪している。
 ところが連中は、「心からの謝罪ではない」と、毎回蒸し返しているではないですか。

 ここでよく考えてください。いくら総理、官房長官らが謝罪しても、韓国は「十分ではない」と否定しながら、「謝罪した」という事実だけは利用している。
 国際社会が「慰安婦の強制連行、虐殺があったからこそ謝罪したのではないか。なければ謝罪するはずがない」という疑いを抱くのは当然でしょう。韓国の思うつぼです。ですから、一連の日韓交渉を通して、韓国は自分らに有利な材料を積み重ねてきたというのです。

 謝罪する、謝罪談話を出すということは、自分側に全面的な非があると認めることです。国家が謝罪するということは、国民は先祖が行った負の行為を末代まで背負うことになるのです。国家は自国民のことを考えるなら、簡単に謝罪をしてはいけない。
 戦後のアメリカを見ても、国際法上も違法である民間人対象の大阪・東京など大都市への絨毯爆撃、広島・長崎への原爆投下は間違いなく犯罪行為です。しかし「戦勝国」アメリカは今日に至るまで、ただの一度も謝罪をしていない。

 こんな謝罪、交渉、合意のようなことを何回繰り返しても意味がないばかりか、日本がドツボにはまっていくような気がします。
 韓国の妄言など相手にせず、彼らが「努力する」と約束していた慰安婦像の撤去を、強力に迫っていく方がいいのではありませんか。(おわり)

策に嵌まった慰安婦問題、政府は「合意の履行」を強力に迫れ

 前回のブログは8日に書き、9日0時にアップしました。9日の毎日新聞では、韓国外務省が8日に発表した内容を伝えた。それによると「韓国政府は合意に対し『日本政府の責任ある措置』を求める一方、日韓関係に配慮して破棄や再交渉には踏み込まない方向で最終調整を進めている」というのです。
 韓国青瓦台(大統領府)は、合意に関する韓国政府の後続措置について、文在寅大統領が10日の記者会見で発表する案も検討したが、事前に政府の立場を打ち出した方が文氏に対する政治的負担が少ないと判断したという。そのため前もって立場表明を先行させたのです。

 さらに11日の同紙には、10日に開かれた新年の記者会見に臨んだ文大統領が、2015年12月の慰安婦問題に関する日韓両政府の合意について、「受け入れることが困難だ」と、改めて合意に対する強い不満を吐露したと伝えた。
 日韓関係に配慮して大きく枠組みを変えない姿勢を示しつつも、その一方で日本の真実の認定と心からの謝罪を解決の要件と強調。朴槿恵政権での合意を、「公式的合意であることは否定できないが、間違った結び目はほどかなければならない」との見解を述べている。

 しかし、「日本政府の責任ある措置」「日本の真実の認定と心からの謝罪」というのは言語道断だ。記者会見における、「(日韓両政府の合意を)受け入れることが困難だ」というに至っては、いい加減に日本政府も「ブチ切れてもらいたい」と私は思う。
 韓国は慰安婦問題を持ち出すと、いつまでも日本からカネを搾り取れると思っているのか。またもや合意をうやむやにして、日本攻撃の材料として慰安婦問題を「温存」したいのだろう。

 しかし金銭だけではなく、この問題に関する過去からの交渉を通して、韓国は「慰安婦問題を正当化する材料」を徐々に強力にしてきた。はたして日本政府は承知しているのだろうか。今の安倍政権だけをいうのではない、これまで長年にわたって少しずつ彼らの策にはまってきたと私は思う。
 柔道の抑え込みを考えてください。最初は技が不完全でも、相手がへたに動けば動くほど技がしっかりかかり、最後は身動きが取れなくなる。それと同じですよ。

 慰安婦問題で韓国が日本を非難している点は、20万人という朝鮮女性の強制連行と虐殺でしょう。しかし彼女たちは兵隊相手の任意の売春婦です、高級娼婦ですよ。兵隊たちの何倍も給料を取っていた。ダイヤの指輪などを身につけてはしゃいでいたものもいたらしいし、中には郷里(朝鮮半島)に家を3軒建てたというものもいた。もちろん虐殺などは、取ってつけたでっち上げです。

 朝鮮女性だけではない、慰安婦の中には日本女性もいました。しかし彼女たちは、口をつぐんで自分らが売春婦だった過去には触れない。恥を知っているからです。
 朝鮮女性は周囲から扇動されるままに、恥ずかしげもなく慰安婦だったと世界中に宣伝している。韓国は今でも売春大国です。売春防止法が制定された時、売春婦らが大規模なデモを行ったほどです。(つづく)

韓国大統領が「日韓合意は全て誤り」と。政府は対処に腹を固めて望め

  2015年、慰安婦問題について「最終的、不可逆的な解決方法について日韓両国で確認した」ことは皆さんご存知のとおりです。
 ところが昨年11月でしたか、トランプ米大統領が韓国訪問をしたときの晩餐会に、元慰安婦を参席させて大統領がハグせざるを得ないように仕向け、竹島の近辺で獲れたと思われるエビを、わざわざ「独島エビ」と名付けて饗した。この事実を知り、弊ブログに「韓国は一昨年の合意を一方的に破棄か?」と書きました。その後、昨年12月下旬や今年の年頭に、韓国は合意が無効だと言わんばかりの声明を小出しにし始めた。

 対北朝鮮問題で、本来ならば日米韓が力を合わせて対処しなければいけない。この重大な時に、日本の感情を逆なでする発言を繰り返すとは何を考えているのか。
 文在寅大統領は何と言っているか。合意について、
 「真実と正義の原則に反し、内容と手続きのすべてが間違っていた」(毎日新聞1月5日)。バカも休みやすみ言え、とはこのことでしょう。
 慰安婦問題の最終的、不可逆的な解決方法については日韓両国で確認したものであり、国際社会はこれを評価している。この合意が着実に実施されることが重要であることは言うまでもない。

 これは朝鮮民族の考えの、「根本」を問わなければならないのかもしれない。
 例えば民事裁判で考えてみましょう。民事裁判は「和解」で解決することが多い。和解というのは、対立する主張を互いに譲歩し合って、紛争を当事者間の話合いによって解決することを約束すること(契約)です。これは日本においてもたいへん多い。しかしいったん和解に合意した場合、あとで振り返って不本意な点があっても、その問題を再び俎上に載せることはしません。

 ところが韓国ではそうはいかない。評論家・ジャーナリストで「悪韓論」「呆韓論」などをものしている室谷克実氏だったと思いますが、著書の中で「裁判所で和解が成立していても、ぶり返すことも結構ある。和解が成立しているというと、それでは和解が成立した以前に立ち返ってもう一度やり直そう」と言い始めるのだ」(要旨)と。よくもそんな詭弁を思いついたものだ、あきれてものが言えないとはこのことでしょう。

 それに加えて韓国では現政権が、前の政権を「全否定」することに必死になる。韓国の大統領経験者が、次の政権に代わったとたん犯罪者とされ、逮捕されることも不思議ではない。なかには廬武鉉のように、追及を恐れて自殺したものもいる。
 2年余の前に合意した慰安婦問題は、前大統領・朴槿恵が取りまとめた。それを何としても「無効」にして、前大統領の罪に追い打ちをかけようとする魂胆も見え見えだ。

 だが韓国内の事情がどうあれ、ことは国家と国家の約束だ。一方的に破棄して済む問題ではない。日本は当然、合意の履行をどこまでも迫るべきでしょう。もし韓国がそれを実行しないなら、日本はそれなりの実力行使をしなければいけないのではないか。
 合意を一方的に破棄するなら、国交断絶まで行かないまでも、それに準ずる決意に立ったらどうでしょう。合意の取り扱いについて、韓国政府は今月初旬にも決定するらしい。場合によっては、またブログに書いてみたいと思います。

秩父の湯の宿「和どう」で正月を、黒谷は「和同開珎」発祥の地

 大晦日と元旦の2泊で、埼玉県秩父の和銅温泉へ行ってきました。正月といっても、我が家を訪(とぶら)う人もない妻と2人の侘(わ)び住まい。そこで妻が脳出血で入院したのを機に7年、近くの温泉に出かけて旧年を送り、新年を迎えるのを習わしにしてきました。例年、温泉につかり、観光スポットなどを仲居さんから教えられれば行ってみる程度でしたが、今年は倅(せがれ)が加わったので多少賑やかでした。

 最寄駅は秩父鉄道の和銅黒谷(わどうくろや)駅。ここは和同開珎(わどうかいちん)の発祥地として有名だそうで、ホームには貨幣のモニュメントが設置されていた。
 かつて武蔵国秩父郡で、銅鉱石が発見された。当時、日本でいちばん必要な和銅が出たことを喜んだ朝廷が、それにちなんで和銅元年に改元したという。記念して発行された貨幣は、年号の「和銅」とは字が異なるが「和同開珎」と名づけられたらしい。

 今回の旅館は「湯の宿 和どう」、全38室という小さな旅館です。私らが宿泊したのは8畳2間続きで、1部屋にはベッドが2台。もう1つの畳部屋にはテーブルが置かれている。38室のうち14室には、広いバルコニーの横に露天風呂がついています。私は露天風呂はあんまり好きではないのですが、女房は大好き。大風呂と部屋の露天風呂を入り比べ、はしゃいでいました。
 旅館では昔、食事を部屋出しするところに人気があったが、最近は時間を予約して、食事処で夕食を摂っている間に布団を敷いてくれところが多くなった。プライベートを守るためか、夕食は個室を用意してくれるのもありがたい。2日とも工夫を凝らした会席料理が出てきた。決して量は多くないが、それでも私は残してしまう。飲料が多すぎるからでしょうか。

 翌元日、暖かく天気が良かったので、朝食のあと駅まで歩き電車で長瀞へ移動した。かつて長瀞の宿に泊まっていたとき、量が多くて驚いた蕎麦屋があった。面白半分、倅をさそって入店。その天ぷらそばが写真です。エビは2本だけ、あとキスの天ぷらがあったか。そのほかは野菜が山盛りだったのですが、若さですね全部食べてしまった。

 そのあと「長瀞の川下り」をしようという話になった。かつて社労士会で静岡方面を旅行したとき、大井川で船に乗った。しかし退屈極まるライン下りでした。途中、船頭さんが「埼玉から来た人が、わざわざこんな船下りをしなくても、長瀞の川下りが面白いでしょう」と。
 長瀞は急流の箇所へ近づくと、水しぶきがかからないように、船頭の合図で船べりに伏せていた長いビニールをいっせいに持ち上げた記憶がある。
 ところがこの日の長瀞は晴天続きで水嵩が少ないため、川下りでは急流で岩にぶつかるから危険だと中止になっていた。代わって乗ったのは近辺を一周する炬燵(こたつ)船。それなりの風情があったし、倅はそこそこ喜んでいた。

 瞬く間に過ぎた2泊3日でしたが、晴天に恵まれ暖かくて助かりました。天気概況によると、秩父は川越方面より5、6度気温が低かった。用意万端整えて行ったが、肩透かしを食ってしまいました。そのせいか、帰宅してからの寒さは身に応えましたね。
 帰宅後倅から私宛に、宅配便で日本酒を送ってきた。妻にはメールで、「楽しかった」と伝えてきたらしい。「カネもないのに無理をするな」と言いたかったが、妻から「素直に喜んでやって」と「牽制?」されたことでもあり、とりあえず「感謝」の電話をした。親父の立場も難しいものだ。

和どう - コピー
湯の宿 和どう。温泉もいいし食事も美味い、
そこそこの旅館でした

黒谷1-1
宿の最寄り駅、和銅黒谷は和同開珎の発祥の地、駅
のホームには巨大なモニュメントが設置してある

黒谷1-2
メガ盛りの天ぷらそば。テレビでも紹介された
らしい

黒谷1-3

黒谷1-4
元旦、人影も少ない周回船乗り場付近

黒谷1-5

黒谷1-6
ライン下りと岩畳(特別天然記念物)が有名な長瀞渓谷

新年のご挨拶

 明けましておめでとうございます。
 今年もどうぞよろしくお願いします。
 元旦            村岡長治
プロフィール

村 岡 長 治

Author:村 岡 長 治
出自:兵庫県姫路市
現在:埼玉県富士見市
仕事:特定社会保険労務士、行政書士

筑波大学付属駒場高等学校卒業後、早稲田大学理工学部に学ぶが、家業を継ぐため学業途上で帰郷。
現在、川越・ふじみ野・富士見方面で、社会保険労務士・行政書士業をやっています。

「村岡労務行政事務所」のホームページもご覧ください。

両士業の支部内で、勉強会などを持てるといいと思っています。信頼できる同志との連携を深めたい。

お客様とは互いに信頼でき、長続きする関係を築いて行きたい。

趣味は酒、旅行、絵画・音楽・書の鑑賞など。子供たちも独立して、いまは夫婦2人です。

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