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「長寿国」のカラクリを知ってほしい! 臨終の迎え方を考えようよ

(前回のつづき)
いいですか。いざ家族に何かあったとき、医師から「人工呼吸器はどうしますか。胃瘻(いろう)は?」と聞かれても、日ごろの心掛けがなければとっさに返事ができないでしょう。そのときは、ゆっくり考える時間がないのですよ。人によっては「胃瘻って何ですか」と、その場にそぐわない話をしかねない。

私の考えでは、自分や家族に関しては、もっと細かく文章で残しておかなければいけない、といつも思うのですがまだやっていません。しかし今すぐいちばん気になる、そして私にとって絶対に「やってほしくない延命治療」は次の3つです。

◆透析(人工透析)  腎臓がいよいよ悪くなり、「慢性腎不全」が悪化すると、腎臓そのものがほとんど機能しなくなり、生命を維持していくために最終的に人工透析か腎臓移植を選択するしか道はない。腎臓移植については、生体腎移植にしても死体腎移植にしても、まだまだ移植環境が整っていないので、ほとんど人工透析を選択しているのが現状です。

◆胃瘻  腹壁を切開して胃内に管を通し、食物や水分や医薬品を流入させ投与するための処置。食物や水分や医薬品を流入させ、生かしておこうという考えかたらしい。

◆人工呼吸器  自発呼吸が不十分な人に対し、人工的に呼吸を補助する装置。一般的には治療器具として認知されているそうですが、治療するものではないので人体にとっては負担になる。ただし医師の監督の下、正しい使用がなされ、かつ短時間であればこの限りではないという。

医療は万能ではありえない。人間の生命について、現在わかっていることがどれだけあるか。それなら自分の臨終の迎え方は自分で真剣に考えなければいけないだろう。人間は生れる時も場所も選べないのです。せめて死ぬときは、できる範囲で死に方を選びたいとは思いませんか。

人間はなまじ小細工をするからいけないのではないか。例えば普通の状態で犬が死ぬとき(“亡くなる”などとバカな言葉を使う人もいます)、七転八倒するのを見たことがない。けっこう安らかに死んでいくでしょう。これはあくまで私の体験です。しかし他の動物はどうでしょう。

人間も同じではないでしょうか。フランスでは口から食事を摂取できなくなった時点で、それ以上の治療をやめると聞いたことがありますがどうなのでしょうかね。日本は平均寿命が世界トップクラスだ、というが“意識もなくなって、延命の機械で生かされている”人も含まれているのですよ。どう思いますか、賢者の皆さん。

いずれにしても私は早いうちに文書にして、自分の家族に関して、やってほしい治療とやってもらいたくないことを明確にしておきたいと思います。(おわり)

今わの際の悲惨に絶句、無理な延命が身体にも負担を

つい先日、妻が知人の通夜に行ってきました。20年ほど前に知りあった婦人です。私はその間1、2回顔を見た程度で、言葉を交わしたのは1回だけでしたから、斎場に妻を乗せていった車の中で待っていました。
病に倒れてからの妻は、精神的に重圧を受けるようなことがあるとすぐに体調を崩します。この日も通夜が終わるころを見計らって親族に挨拶だけでもしなければ、と考えて行ったのでした。

亡くなった方は、知り合ったころに透析を始めていました。車から出て10分ぐらいたったでしょうか、体調が悪そうな様子で車に帰ってきた妻。聞くと、会場には知り合いが何人も来ていて、聞くともなしに故人の話が耳に入ってきたというのです。
「死ぬ間際は耳も聞こえないし、意識もまったくなかった」
「人間というより、まるで塊(かたまり)よ」

それぞれの家庭の考えがありますから、それを他人が論評するわけにはいかないことはわかっています。妻もそれを承知しているのですが、なにせ刺激が強すぎたらしいのです。
以前ブログにも書きましたが、私ら夫婦は常々「延命治療はしない」と話し合っています。なまじっか医療が進歩してきたため、一度延命治療を試みると死ぬに死ねないことが多い。いつ最期を迎えるかは医者も分からない、もちろん家族もです。

途中で延命装置を外したら、当然、本人は生きられない。というより、それまで生きていた人が死んでしまうということ。行為は違法性の認識があったということになるらしい。そうなると殺人罪か同意殺人罪か、自殺関与か知りませんが、こんな法律が適用されるとなれば、途中から延命装置を取り外してくれる医師はほとんどいないでしょう。


少し前にも、かかりつけの内科医・S先生と話しました。
「『終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン』を読んでも、話し合えというだけで具体性が全くない。むしろこんな大事なことは、日頃から家族で話し合うように、医師が勧めるべきだ」
先生は言いました。
「かりに夫婦で話し合っていても、いざというとき親戚が入って、延命治療を選択してしまうことが多い」

先生のお兄さんも透析をしているらしい。「私は透析をするつもりはない」というと、「透析をしないと尿毒症でたちまち死んでしまうよ」と言った。「だけどお兄さんも透析はすごく疲労するというでしょう」と問うと、「ものすごく疲れるらしい」と。


ただし年をとると、どこで倒れるかわからない。「偉そうに言っていても、救急車で運ばれたら、意識のない間に何をされるかわからないとは思うけどね」。
私が言うと、医者はうなずいていました。(つづく)

石田城之助先生の叙勲祝賀会&忘年会

川越・ふじみ野・富士見エリアの社労士です。本日もよろしくお願いします。

6日午後5時から、教駒8期会の「石田城之助先生叙勲祝賀会&忘年会」が、東京・渋谷の鳥ぎんで開催されました。参加者は24名。幹事会が1時間前から開かれ、この日の準備と新年度の幹事への引き継ぎなどが行われた模様です。

席に着いた参加者たちが、開会を待ちかねビールで喉を潤す。5時30分、石田先生が到着。さっそく先生の御挨拶があり、そのあと花束の贈呈です。参加者が順次、先生の傍らに集まって口々にお祝いを申し上げました。

81歳になられる先生はたいへんお元気で、お酒(焼酎?)もかなり召し上がっておられました。しかし食べ物をいっさい口にされないのには驚きました、ただアルコール一筋…? 思い出すと同窓会のときもそうでしたね。

石田先生は筑波大学(途中で東京教育大学から改称)付属駒場高校で長きにわたって教鞭をとられ、副校長まで務めたかたです。私の高校2・3年のときの担任の先生です。長年の功績に対する叙勲ですが、先生は「どうして私なのかわからない」と謙遜しておられました。今回受章されたのは瑞宝小綬章です。

しばしの宴のあと、7時30分、全員がお見送りするなか先生が退席。そのあと改めてまた酒盛りです。
「今度はこの中からノーベル賞だな」という声があり、2人ばかり名前が挙がりました、本人たちは否定していましたが…。
そのあと2次会へ行った人もあるかもわかりませんが、たらふく飲んだので私はそろそろ退散しました、8時20分ごろだったでしょうか。

皆さん、また元気で会いましょう。うまい酒が飲めるように、それを目的に節制してくださいね(自分のことかな?)。楽しい宴でした、ありがとう。

ブログを読んでくださりありがとうございました。

再度言います、「併合」 と 「植民地化」 は違いますよ!

川越・ふじみ野・富士見エリアの社労士です。よろしくお願いします。

過日、懇親会の席上、知人がこんなことを言っていました。次が私と彼とのおおまかなやり取りです(趣意)。
酒の席でもあり、周囲に人がいたため、ひと言ふた言話すとまた他の人と話すことになったり、本気で議論をする状況ではありませんでした。しかし、そんななかで彼が私に話しかけたことは…。

「日本は韓国を植民地にした。もっと反省しなければいけない」
「植民地にはしてない。国家の併合だったでしょう」。私の返答です。
「併合だからそれは植民地ということじゃないか。もっと勉強しなければだめだよ」

以前このブログにも書きましたが、「併合」と「植民地化」は違います。「韓国を植民地化した」などという言葉は戦後まで全く出てこなかった、と当時を知っている誰もが言っておりますよ。あるときから日本を貶めるために、盛んにこんなことを言い始めたのです。もっとひどいのは「併合は国家テロだ」と、とんでもないことを言い出していた者もいるほどです。

外国における紹介記事にも、たとえば「日韓併合」を「Japan's Annexation of Korea」といって「annexation(併合、合邦)」と「colonization(植民地化)」とは明確に区分しております。あくまでも併合であり、植民地化ではないのです。
彼はさらにこんなことを言っていました。

「白人は自分らが有色人種より優秀だと思うから、有色人種の国を植民地にした。これはわかる。しかし日本は同じ肌の色をした民族を植民地にしたからけしからん」

併合であり、植民地化ではないといっても、「同じことだ」と聞く耳を持ちません。場所柄これ以上話せる状況ではないと、そのあとは話を進めませんでした。
そういえば、高松塚古墳についても何か言っていましたね。周りがうるさいのと、私も酔っていたのであんまり覚えていませんが。
しかし、いずれにしても「おぼしき事言わぬは腹ふくるるわざ(徒然草)」といいますので、このブログの場を借りてひと言だけ述べておきます。


まず併合と植民地化が違うことは、先ほど述べました。

それでは次に「白人が有色人種の国を植民地にしたのはわかる。しかし日本は同じ肌の色をした民族を植民地にしたからけしからん」という話。
もし本気でそんなことを思っているのだったらとんだ認識違いですよ。まず第一に気になることは「人種差別」ということです。

なぜ白人では良くて、有色人種ではいけないのか。それは人種差別ではないですか。日本は第1次大戦のあとのベルサイユ会議で、世界で唯一「人種差別の撤廃」を主張した国です。時至らず、反対多数で否決されましたが、白人のどこが有色人種より優れているのですか。

たとえば歴史上、有色人種と白人種とどちらの国家が文明国だったと思いますか。
メソポタミア文明・インダス文明・エジプト文明・黄河文明、どれを取り上げても有色人種の文明でしょう。アンデス文明もありました。メソアメリカ文明はネイチブアメリカンですから、やっぱり有色人種ですね。白人種の文明が思い浮かびますか。


しかしはっきりいうと、朝鮮(地域名。現韓国と北朝鮮)はどうでしたか。悲惨なものでしたよ。両班が働かずに位の低い者の稼ぎを食い物にする。インフラには全く金をかけない。たとえば道路をつくると敵が攻めてきたら困る、というわけです。
朝鮮では丙子胡乱で、清朝軍が李氏朝鮮を制圧した際に、清朝軍は50万人の朝鮮人を捕虜として強制連行して当時の盛京(瀋陽)の奴隷市場で売った、という記録もあるそうです。奴隷は植民地よりはるかに悲惨な制度ですよ。それを同じ黄色人種が行ってきた。これについてはどう思いますか。ただし、日本は韓国に植民地政策をとらなかったことは、繰り返し言っておきますよ。

韓国では日本と併合してから学校も多く造られ、義務教育が始まったのです。日本は朝鮮に無数の小・中・高等学校を設立し、京城帝国大学(現ソウル大学)まで作ったのです。ほとんど字が読めない人が多かったのを、格段に識字率を上げたのです。道路も作りました。発電所も作りました。鉄道も敷いて韓国発展の基になったのです。

きりがないからこれ以上はやめましょう。
ただ、白人同士でも国家を併合した例はいくらもありますから、覚えておいたほうがいいでしょう。たとえばチェコスロバキアやユーゴスラビアなどの歴史を調べてみたらどうですか。併合はあくまでも植民地化とは違う。

ともかく次の指摘をよく記憶してください。
2001年に米国で開かれた国際学術会議で、欧米の国際法学者らは次のように指摘し、韓国の学者の見解を批判したといいます。
「自分で生きていけない国について、周辺の国が国際的秩序の観点からその国を取り込む、ということは当時よくあったことだ。日韓併合条約は国際法上は不法ではなかった」


さらに伽耶大学の崔基鎬・客員教授が3年ほど前、「日韓併合 韓民族を救った日帝36年の真実」と題した本が日本で出版されているはずです。「今こそ歴史の真実に目を開け」という崔教授の声に耳を傾けてほしい。
YouTubeのサイトに「The Truth of Japan's annexation of the Korean Peninsula」と題して投稿されていますから、ご覧になったらいかがですか。「日本の朝鮮半島併合の真実」と訳せばいいのでしょうか? 訳す必要はありませんか、英文のまま入力して検索できますから。

韓国では、日韓の歴史を正しく発表するとたいへんな国家的弾圧を受けます。先ほどの崔教授をはじめ、朴贊雄氏、金完燮氏、それに名前は忘れましたがソウル大学の有名な教授。この方たちの著書を読んでから反論したらどうですか。韓国の都合に合わせたウソの歴史を学んで、信じ込んだらあなたの不幸ですよ。
まず手始めに、YouTubeのサイトで崔教授の発言を聞いてください。

ともかく、あなたこそ真実をしっかり勉強されることを期待します。

ブログをお読みくださった方には感謝いたします。

教駒の恩師・石田城之助先生、瑞宝小綬章を受章

平成22年秋の叙勲が3日発令され、石田城之助先生が瑞宝小綬章を受章されました。先生は東京教育大学付属駒場高等学校(現・筑波大学付属駒場高等学校)当時の私のクラス担任。今回の受章について、3日午前中に当時の学友から“お知らせ”のメールが届きました。

「もう新聞でご覧になったかもしれませんが、石田先生が瑞宝小綬章を受けられています。皆さんにお知らせするとともに、取り敢えず電報を打ち、後日お祝いを検討したら如何でしょう。よろしく」

私は10月16日、50年ぶりで初めての同窓会に出席し、81歳のお元気な先生にお目にかかりました。その直後の受章、本当に心から嬉しい。さっそく先生に祝電を打ちました。

平成15年5月の閣議決定(勲章の授与基準)により、勲等が数字で表示されるのが廃止されましたので、私のような古い人間には分かりにくいのですが、前の基準でいうと「勲四等瑞宝章」です。本当におめでとうございます。

先生! まだまだお元気でいてください、また同窓会でお目にかかりたい。その前に先生を迎えて、「お祝いの会」を皆でやりましょうよ。どなたか計画してくださるでしょうね。楽しみにしています。

写真は瑞宝小綬章。もちろん先生が受章されたそのものではありません。出典はウィキペディア・フリー百科事典です。
下の写真は同窓懇談会で撮ったもの、中央が石田先生です。


瑞宝小綬章

中央が石田城之助先生
プロフィール

村 岡 長 治

Author:村 岡 長 治
出自:兵庫県姫路市
現在:埼玉県富士見市
仕事:特定社会保険労務士、行政書士

筑波大学付属駒場高等学校卒業後、早稲田大学理工学部に学ぶが、家業を継ぐため学業途上で帰郷。
現在、川越・ふじみ野・富士見方面で、社会保険労務士・行政書士業をやっています。

「村岡労務行政事務所」のホームページもご覧ください。

両士業の支部内で、勉強会などを持てるといいと思っています。信頼できる同志との連携を深めたい。

お客様とは互いに信頼でき、長続きする関係を築いて行きたい。

趣味は酒、旅行、絵画・音楽・書の鑑賞など。子供たちも独立して、いまは夫婦2人です。

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