講和条約に戦勝国として参加を企てた恥知らず国家・韓国

 (前回のつづき)
 本当に救いようがないのが韓国なのです。戦時中の朝鮮民族は日本の統治下にあった。全員が日本国籍を有し、朝鮮民族も日本人として、大日本帝国の勝利のために戦ってきたのです。
 ところが日本の敗戦が決まったとたん、朝鮮人の若者は(全員とは言いませんが)「俺たちは朝鮮進駐軍だ」と、どこかで手に入れた銃器を持ってあばれ回った。
 百貨店の売り場へ行って商品を大量に略奪し、あるいは焼け野原になった駅前の一等地を占領した。のちにその土地で、焼き肉店やパチンコ店を始めた連中も多かったのです。

 何ヵ所か警察署も襲撃された。戦後の警察官は長らく拳銃も持たせてもらえなかった。朝鮮人は手に入れた銃器で暴れまわった。万策尽き、ヤクザの親分に頼んで朝鮮人を排除した警察署もあった。これは事実です。
 「劣等民族(日本人のこと)が席に着き、我われを立たせるとはけしからん」と、日本人を列車の1両にすし詰めにし、あとの車両を何人かで占領した。後に首相になった鳩山一郎氏が軽井沢の別荘から帰京する途中、すし詰めの車両へ押し込まれようとして、「それは無茶だろう、指定席券を持っているんだ」というと、生意気だと殴られ顔中血だらけにされた。

 韓国事情に詳しい室谷克実氏(評論家)によると、韓国人は「優れた属国DNA」を持ち合わせているそうです。敗戦直後の変わり身の早さ、次に仕(つか)える相手にすり寄る身のこなしを見ると、「なるほど、事大主義だな」とむしろ感心させられる。
 こんなDNAを受け継いでいるわけですから、習近平主席が開催した「反ファシズム戦争勝利70周年記念式典」に、朴槿恵大統領(当時)は恥ずかしげもなく参加したのでしょう。

 歴史的事実など問題ではない。嘘でも100回も吐けば本当になるというのは、まさに中国と同じ発想です。
 日本が第2次大戦に負けた。その1週間もたたないうちに、朝鮮総督府に太極旗を掲げ、「我われは戦勝国だ」と言い張った。さすがに米軍もそれを許さなかったという歴史がある。
 戦後、李承晩・韓国大統領がサンフランシスコ講和条約に戦勝国として参加したいと申し入れたが、もちろん連合国に拒絶された。

 ケント・ギルバート氏は次のように述べています。
 「本当に救いようがないのが韓国です。戦時中の朝鮮民族は日本の統治下にあって、全員が日本国籍を有し、大和民族とともに日本の勝利のために戦ったにもかかわらず、日本が戦争に負けるとあっさり裏切ったうえに戦勝国ヅラ…。
 しかも韓国内では、『韓国は日本に独立戦争を挑み独立を勝ち取った』というのが共通認識なのだそうです」
 「第2次世界大戦で多くの朝鮮半島出身者(一説には志願兵が20万人)が、大日本帝国臣民として日本軍に加わったという事実には全く触れていません」

 朝鮮人軍人の中でも、例えば洪思翊(こうしよく。朝鮮読み、ホン・サイク)氏などは帝国陸軍中将まで上り詰めた。将官以上は「閣下」と呼ばれた。日本人でも中将まで上れたものはほんの一握りに過ぎなかったのです。
 朝鮮人にもこんな人材もいたがそういうことには一切触れず、「臨時政府を立ち上げ、独立戦争を戦った」と全くのでたらめの歴史を作り上げた。

 ケント氏は、「臨時政府など、(略)国会議事堂前のデモとメディアの偏向報道のお陰で一世を風靡した学生グループ『SEALDs(シールズ)』程度の影響力さえあったかどうか」とも述べてている。
 しかも「ありもしない対日独立運動に勝利し、韓国が独立した」と韓国憲法の前文に明記してあると聞いたことがあります(私は確認していない)。恥ずかしくないのでしょうね。

 話が長くなりましたからそろそろやめます。
 最後にひと言。変わり身が早い、強い相手にすり寄るDNAを受け継いでいる。世話になっても感謝がなく、平気で体験や歴史を捏造して、世話になった相手を貶めようとする。これが朝鮮民族です。
 慰安婦問題など事実は兵隊相手の売春婦(任意)であるにもかかわらず、「思いやり」などの名目で、日本政府が金を出してきた。国家の金だから出したので、自分の金なら出さなかったでしょう。それなら韓国女性だけではなく、日本女性も慰安婦(いわゆる売春婦)の中にいた。日本婦人への「思いやり」はどうするのか。

 いいかげん世界(国連も含めて)に事実無根であることを、証拠をもって伝えなければ韓国との問題は解決しない。それらに金をかけるべきで、韓国の要求に耳を貸すのはやめましょう。「最終的、不可逆的」に解決した問題を、またもや蒸し返そうとし始めている。いつまで相手にしても到達点などないのです。(おわり)
プロフィール

村 岡 長 治

Author:村 岡 長 治
出自:兵庫県姫路市
現在:埼玉県富士見市
仕事:特定社会保険労務士、行政書士

筑波大学付属駒場高等学校卒業後、早稲田大学理工学部に学ぶが、家業を継ぐため学業途上で帰郷。
現在、川越・ふじみ野・富士見方面で、社会保険労務士・行政書士業をやっています。

「村岡労務行政事務所」のホームページもご覧ください。

両士業の支部内で、勉強会などを持てるといいと思っています。信頼できる同志との連携を深めたい。

お客様とは互いに信頼でき、長続きする関係を築いて行きたい。

趣味は酒、旅行、絵画・音楽・書の鑑賞など。子供たちも独立して、いまは夫婦2人です。

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