精密検査で前立腺がんが判明、当てにならなかった腫瘍マーカー数値!

 少し前の話になりますが、退院後初の診察で日大板橋病院へ行ってきました。以前ブログにN大学医学部付属 I 病院と書きましたが、イニシャルを使う理由はさらさらなかったですね。
 この病院で多少複雑な前立腺肥大・尿道狭窄を手術したのです。終わってみると、手術前にはわからなかったことがいろいろ明らかになるのは興味深いことです。
 手術を前に、改めていろんな検査を行いました。前もって知らされていたから不満はないのですが、HIVや梅毒も検査されたのには少々驚きましたね。もちろん陰性でしたが。

 ところが手術が終わると、もうひとつ意外なことがわかりました。検査時の私の腫瘍マーカーPSA値は低かったのです。検査結果の数値で、半数が前立腺がんと診断されるのが10ng/d以上。グレーゾーンが10~4。そして4未満が安全圏ということらしい。私は2.4でしたので医師も問題にしなかったし、私もまったく気にも止めていませんでした。
 ところが手術のあと、削り取った前立腺組織を精密検査したところ、がん細胞があったという。しかも決して初期ではなく、けっこう進行しているらしい。

 がん進行の経過観察をする段階を「1」とし、早急に方法を講じなければいけない段階を「3」とすると、私の場合はその中間で「2」だという。しかし急いで対処しようという気にはならないのです。
 前立腺肥大の手術は必要だったと思います。放置すれば尿閉を起こす危険もあったというから、やむを得ないでしょうね。しかしその後は、経過に従って苦痛をやわらげることを目的に行う、いわゆる「緩和ケア」を考えればいいのではないでしょうか。ことさらがんの治療をしたいとは思わない。しかし堪えがたい痛みを抱えつつ命を終えるのは嫌ですから、苦痛は少しでも和らげたいということです。

 その何日か後、ふだん服用している降圧剤等をもらいにホームドクターを訪ねました。ここで川越の泌尿器科クリニックを紹介され、そこから日大板橋病院送り(?)となったので、とりあえず結果の報告をしました。医師は「村岡さんは元気だから、あと10年は大丈夫だよ」と励まし(そのつもりでしょうね?)の言葉を述べていました。
 「私はもう十分生きましたよ。先生はまだまだ生きたいですか」
 「十分生きたね」
 このドクターは私と同年齢なのです。

 今後の事態の変遷で一言ではいえませんが、いずれにしてもがんの進行が速いか、天寿を終えるのが早いか。おそらくそんなところではないでしょうか。ただ私より数歳若いご婦人で、胃がんを手術して、現在はお酒やカラオケを楽しみ、生活をエンジョイしている方がいらっしゃる。その様子を見ると、必要な医療処置をするのもいいかな、と少しは心が揺れ動きます。
 ひとつだけ気がかりは、脳出血の後遺症で退院後3回も救急搬送された女房の存在です。彼女が元気な時ならいいのですが、この状態で、1人遺すには忍びないという思いも心にはあります。

 それと、私のがんがいつから始まったかわかりませんが、過去に迷惑をかけた人がいないか気になった。私はかつてC型肝炎ウイルスのキャリアでした。それを知ったとき、かかりつけ医に話して女房、子供の感染も調べてもらいました。もちろん全員陰性で2、3年前には私もウイルスの除去をすませることができた。
 そんなことを思い出しながら、あるドクターに聞いてみました。

 「前立腺がんは人に感染しませんか」
 「女性には前立腺がないから絶対にうつることはない。しかもがんは個人の細胞が突然変異するものだから、ウイルスのように感染するものではない。C型肝炎ウイルスに感染すると長年のうちに肝硬変→肝がんに進行するといわれているが、これもがんがうつるわけではないのです。輸血などでC型肝炎ウイルスに感染し、それによって徐々に肝硬変からがん化していくと考えられるということです」

 納得がいきました。知らずとはいえ、人に迷惑をかけていたら申し訳ないですからね。私のC型肝炎ウイルスも、原因は小学生当時の集団予防接種ぐらいしか思い当たりません。治療を開始するまで、すでに60年以上経過し、最近除去するまで放置していました。しかしこれまで肝硬変も肝がんも関係なく、毎日うまい酒を飲んできました。確か25~30年ぐらい前まではC型という呼称がなく、非A非B型肝炎といっていましたね。しかし私のALT(GPT)、AST(GOT)、γ- GTP値などは高かった。ウイルスを除去した途端、数値が下がり、さらに酒がうまくなった。これ本当の話ですが、困ったものですね。

 話がそれましたが私の前立腺がん、自分の意思を第1に担当医などと相談しながら、今後の方針を進めたいと思っています。
プロフィール

村 岡 長 治

Author:村 岡 長 治
出自:兵庫県姫路市
現在:埼玉県富士見市
仕事:特定社会保険労務士、行政書士

筑波大学付属駒場高等学校卒業後、早稲田大学理工学部に学ぶが、家業を継ぐため学業途上で帰郷。
現在、川越・ふじみ野・富士見方面で、社会保険労務士・行政書士業をやっています。

「村岡労務行政事務所」のホームページもご覧ください。

両士業の支部内で、勉強会などを持てるといいと思っています。信頼できる同志との連携を深めたい。

お客様とは互いに信頼でき、長続きする関係を築いて行きたい。

趣味は酒、旅行、絵画・音楽・書の鑑賞など。子供たちも独立して、いまは夫婦2人です。

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