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元自衛官・奥茂治氏、依頼を受けて吉田清治の謝罪碑を書きかえ拘束される

 戦時中に軍の命令で朝鮮半島において自ら女性を強制連行(拉致)し、有無を言わせず従軍慰安婦(という売春婦)にした、と虚偽の話をでっち上げた故吉田清治が、その捏造物語を本にした印税で、かつて韓国の国立墓地に謝罪碑を建立した。
 この碑を勝手に書き換えたとして、韓国警察が元自衛官の奥茂治氏(69)を今年6月に一時拘束していた。碑文を勝手に書き換えた(実際は違う文字を書いた石板を上から張り付けた)、という理由です。50日(?)経って拘束は解かれたが、出国禁止は相変わらず続き、ソウルでホテル暮らしをしていた。

 出国禁止が解かれたかどうか、その後この問題に関する報道を私は目にしていません。しかもこんな事実があったことを知らない方が多すぎる。新聞では産経以外報道していなかったのではないか。記憶では、私が購読している毎日新聞にもこの記事はありませんでした。
 産経新聞ソウル支局記者・桜井紀雄氏が正論9月号に「ウソ慰安婦謝罪碑の書き換えで拘束」「奥茂治氏が激白 韓国警察との戦いの全て」と題した記事を掲載されているが、この雑誌が店頭に並んだのは8月1日。おそらくこのときにはまだ出国を解かれていなかったはず。桜井氏や大高美貴氏(ジャーナリスト)の記事を通して、この問題をお知らせしたいと考えました。

 奥氏は約15年にわたって慰安婦問題を調査・研究してきた。結果、ここまで日韓関係をこじらせたのは、自ら「旧日本軍の命令で強制連行を実行、指揮した」という、吉田清治のウソが“諸悪の根源”との思いを深くした。
 一方、奥氏は吉田の子息から「ソウルの日本大使館前の慰安婦像を撤去してしまいたい」と打ち明けられた。父親の偽証が日韓対立の根深いところでくすぶり続けているという事実に堪えられなかったのでしょう。
 ここにも吉田の捏造・偽証の犠牲者がいる。吉田も自分の愛する息子がそんなことで迷惑を受け、悩んでしまうとは考えなかったに違いない。因果は巡る小車(おぐるま)とはよく言ったものです。

 相談を受けた奥氏は、像の勝手な撤去はさすがに叶わないだろうと考えた。それではできることは何か。2人が思いついたのは、吉田が1983年に捏造本の印税で得た金で、天安門市の国立墓地に建立した碑の撤去だった。その碑には強制連行の謝罪文を刻んでいた。
 父親が建立した碑を、息子が改変しようと撤去しようと、法に触れることはないと奥氏は考えた。息子は相続者です。その本人が撤去しようと、それは問題になるはずがない、と。
 彼は何度か下見をし、礎石に固定された碑を個人の力で撤去するのは無理だとの結論に達した。そこで碑文の上に新しい石板を張り付ける方法を思いついたという。奥氏は石板を3枚に分け、1枚35キロもあるものを広大な墓地の頂まで1人で運んだのです。

 新しい石板には吉田の本名と出生地、そして「慰霊碑」とだけ刻まれていた。
 帰国後の4月、奥氏は韓国国立墓地の管理事務所宛に、書き換えを行った事実を通知する手紙を送った。吉田が強制連行に携わったことはなく、虚偽を刻んだ謝罪碑を放置することは吉田の親族の恥であり、日韓友好を妨げる負の遺産だと理由を期し、奥氏自身への連絡方法、吉田の子息の実名や連絡先も書き添えた。
 案に違わず韓国警察から出頭を求める電話がかかってきた。(つづく)
プロフィール

村 岡 長 治

Author:村 岡 長 治
出自:兵庫県姫路市
現在:埼玉県富士見市
仕事:特定社会保険労務士、行政書士

筑波大学付属駒場高等学校卒業後、早稲田大学理工学部に学ぶが、家業を継ぐため学業途上で帰郷。
現在、川越・ふじみ野・富士見方面で、社会保険労務士・行政書士業をやっています。

「村岡労務行政事務所」のホームページもご覧ください。

両士業の支部内で、勉強会などを持てるといいと思っています。信頼できる同志との連携を深めたい。

お客様とは互いに信頼でき、長続きする関係を築いて行きたい。

趣味は酒、旅行、絵画・音楽・書の鑑賞など。子供たちも独立して、いまは夫婦2人です。

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