FC2ブログ

中韓の 「正史」 は捏造だらけ、事実を知ったら国民は仰天するぞ

9月3日、中国の習近平・主席が国威発揚と自らの威信を世界に示すために開催した、「中国人民抗日戦争勝利 および反ファシズム戦争勝利70周年記念式典」 が、北京・天安門広場で大々的に挙行されました。閲兵式と軍事パレードにはプーチン露大統領と並んで朴槿恵韓国大統領も参列 していたのが報道写真でわかります。
中国では毛沢東の時代から、「抗日戦争勝利」 を謳った式典などやったことはない。まして、いまに至って 「反ファシズム戦争勝利70周年」 とは何を言いたいのか。

中国から安倍晋三総理にも参加を要望してきたが、それは実現しなかった。当然だ、抗日戦争勝利・反ファシズム戦争勝利と偽りの歴史を宣伝する場所で、どんな顔をしておれるのか。G7の首脳は誰も行かなかった。目立つところではロシアと韓国だけ、あとは中国の経済協力を期待する発展途上国のようだった。
しかしふと考えてみた。わが国には民主党に政権を委ねた悪夢の数年間があった。菅直人なら、岡田克也なら、鳩山由紀夫なら嬉々として列席していたのではないかと思うと慄然とする。安倍政権の時にこんな(くだらない)式典と巡り合わせたことを天佑と感じます。

いつも言うことですが、現中国(中共)は 「抗日・反ファシズム戦争に勝利」 と強調する以外に、レゾンデートルを示すことができないと思われる。だからこの式典に国運を賭けたのでしょう。
韓国に至ってはさらに悲惨だ。朝鮮は100万人の署名を集めて日韓併合を願 い出、日本の思いやりで 「内鮮一体」 の標語のもとに進んできた。創氏改名も、彼らが自ら願 い出て日本人になりきろうと装ってきた。
ところが日本が戦争に負けたことを契機に、事大(じだい)主義の彼らにとっては 「自分らも抗日戦争に勝利 した」 という偽 「ブランド」 がどうしても欲しかったのだ。そこで今回、習近平の招待に一も二もなくしがみついた。

ただ私が、1点だけ読み誤っていたことがある。それは米韓軍事同盟や日本との今後を考えるなら、しかもアメリカから参加に慎重であるように釘を刺されていたことを思うと、朴はあとの会談や晩餐会の参加だけでお茶を濁すと考えていた。しかし閲兵式・パレードから参列 したということは、普通なら日米を蹴って中国だけと強固な関係を築くということか。バカに松竹梅があったら、梅以下の最低のバカだね。しかしあるいは朝鮮民族のやり方として、必要に応じて 「あれはあれ、これはこれでしょう。お願いしますよ」 というのか。ただし中国は日本ほど甘くはないぞ。

ご存知の皆さまにはおさらいのようになって恐縮です。
現在の中国は中華人民共和国と名乗っています。昔、中共と言っていましたが、これは中国共産党の略です。国民政府統治下の中国(中華民国)において、共匪(きょうひ)と呼ばれていましたが、共産党の指導のもとに活動 したゲリラ部隊です。共産主義を掲げる匪賊という意味です。

国民政府主席であった蒋介石は、日中戦争(支那事変)が始まると妻の宋美齢をとおして、親中派として知られたフランクリン・ルーズベルト米大統領をはじめとするアメリカ政府上層部に働き掛けた結果、アメリカの陸軍航空隊大尉を中華民国空軍の訓練教官及びアドバイザーとして雇い、「アメリカ合衆国義勇軍」 という名目でアメリカからの軍事支援を受けることに成功した。彼女は若くしてアメリカに留学し、中・高・大学を過ごし、人脈も豊富だった。

宗美齢のなりふり構わぬ懐柔作戦はアメリカ議会を取り込み、連合国にたすけられて日本に勝った。これが蒋介石率いる国民政府(中華民国)です。日本は戦争に負けたが、同時に国民政府も全く余力を残していない、いわば瀕死の状態だった。現在の中国すなわち中共は、まさに漁夫の利を得て、「死に体」の国民政府軍を撃破したのです。ですから毛沢東は、「我われが勝てたのは(日本)皇軍のおかげ」 と言っていた。社会党(当時)の佐々木更三委員長が北京を訪問した時、直接聞いたという。でっちあげだという説も目にするが、佐々木氏が嘘をつくメリットはない。その証拠に毛は生涯、「日本と戦って勝った」 などとはひとことも言っていないではないですか。

中共が国民党軍を倒して、中華人民共和 国を誕生させたのが1949年10月。日本の敗戦から4年あまり後です。ですから本当のところ、現中国は今年 「対国民政府戦勝利 66周年」 でしょう。日本は国民政府軍に負けたのではない、アメリカに負けたのだ。あえて譲って国民政府に負けたとしても、習近平が 「抗日戦勝利」 を祝っても、これは蒋介石の栄誉をたたえることになりはしないか。それは現中国が誇ることではないだろう。こんなすり替え、まやかしが明らかになると、「何が抗日戦勝利70年か、反ファシズム戦勝利か」 と、世界の信用を一気に失う。だから何としても日本敗戦の日に遡り、「勝った、勝った」 と言わなければならない。しかもロシアは、終戦のあとで日本に攻め入った卑劣さをまやかすため、終戦を9月2日としている。中国は日付変更が1日早いので9月3日にして、ロシアと歩調を揃えているのです。

もう1国、開いた口がふさがらないのが韓国です。(北朝鮮がどう いっているかは知りません)
当然皆さんご存知のことですが、韓国は日本と戦っていない。それどころか彼らは日本軍として、アメリカ軍(一応は連合軍といった)と戦ってきたのです。ですから日本敗戦後、朝鮮半島は敗戦国の一部として米軍令下に置かれ、3年後にやっと独立することができた。いくら変わり身が早いといってもあきれることには、「日本と戦って勝利 した」 と主張していることです。朝鮮が戦った相手はアメ リカですよ。お前らは日本軍の構成員だったのだ。

しかも韓国は、朝鮮戦争で成立まもない現中国と戦火を交えているではないか。そのうえ現在の韓国憲法には、対日本戦に勝利して独立した、と書いてあるそうですよ。
韓国人のアイデンティティーはどこに存在するのか。こうなったら事大主義国家の一大悲劇だね。というより、もう笑うしかないか! どうですか、中韓における自国史の牽強付会(けんきょうふかい)ぶり。あるサイトに、教科書が嘘だらけなので、自国史を大学入試に使えない祖国の実態を嘆く韓国記者の話が掲載してありました。この記者は、一面真実を知っているのでしょう。
プロフィール

村 岡 長 治

Author:村 岡 長 治
出自:兵庫県姫路市
現在:埼玉県富士見市
仕事:特定社会保険労務士、行政書士

筑波大学付属駒場高等学校卒業後、早稲田大学理工学部に学ぶが、家業を継ぐため学業途上で帰郷。
現在、川越・ふじみ野・富士見方面で、社会保険労務士・行政書士業をやっています。

「村岡労務行政事務所」のホームページもご覧ください。

両士業の支部内で、勉強会などを持てるといいと思っています。信頼できる同志との連携を深めたい。

お客様とは互いに信頼でき、長続きする関係を築いて行きたい。

趣味は酒、旅行、絵画・音楽・書の鑑賞など。子供たちも独立して、いまは夫婦2人です。

リンク
カレンダー
09 | 2015/10 | 11
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最新記事
最新コメント
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ
訪問者数カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR