忘れないで! 日本が韓国を独立させたことを

ブログを訪ねてくださり、ありがとうございます。

今年は日韓併合100年でした。本年中に書きたいことがありましたので投稿します。
 
韓国の日本に対する風当たりは相変わらず強いし、すぐに謝罪する日本の政治家も情けない。しかし中国の属国だった朝鮮(今の韓国)を、独立させたのが日本であることはよく覚えておいてください(もちろんご存知の方も多いでしょう)。
おそらく韓国人は認めないと思います、ことに若い人は教えられていないのですから。また今はハングルしか読めない人が増えているために、昔の文献をひもとくことができないとか…。

今日は一つひとつ文献にあたる時間がありませんので、記憶のままを書くことにします。そういうわけで、引用した言葉の一字一句は正確ではありませんので、「趣意」と理解してくださって結構です。ただし書く内容は間違いありませんのでよろしく。

さて本論です。
そもそも昔から朝鮮は清国(いまの中国、と中国政府は主張します)の属国でした。
そういうと、韓国人は「属国ではなかった」と反論します。しかしこれはまぎれもない事実です。清国を宗主国と崇め、毎年、朝貢に赴いていたのです。

そのときも朝鮮の使節は勅使が通る門を通してもらえず、その脇から中に入ったということです。どこかの家を訪ねても、玄関から入れてもらえず勝手口から入っていたようなものです。朝鮮という国名も清国皇帝につけてもらい、外交権も“お任せ”状態でした。ですから、他の友好国とはまったく異なる、清国の属国という存在だったのです。

日清戦争の火ぶたが切られた原因も、一つには韓国を何とか独立国にしようという日本の思いがその根底にありました。
宣戦布告文を見るとなにより明らかです。両国の宣戦布告文のその部分の主張を大まかに述べてみます。

日本の主張。
「朝鮮はわが国が誘って列国に加わらせた国であるのに、清国は常に朝鮮を自分の属国といって内政に干渉し続けている。朝鮮を独立国にするべきだ」

清国の主張。
「朝鮮は二百年間、わが大清国の藩属(属国)である。毎年朝貢している国であるから口を出すべきではない」

結果は日本が日清戦争に勝って、朝鮮は大韓帝国として独立でき、日本を支持する立場になりました。
日本はぎりぎりのところで日清戦争に勝った。しかし自国の力を承知しているゆえ、その後の三国干渉を甘んじて受け入れたのです。三国干渉とは、下関条約で日本への割譲が決定された遼東半島を清国へ返還するよう、フランス、ドイツ、ロシアの3国が行った日本に対する干渉であり、勧告です。

韓国は清国を大中華、自らを小中華国と考え、自分らの足元にも及ばないと思って、「南蛮・西戎」と見下していた日本にたすけられるのが残念でならなかった。ところが強いと思った日本が、三国干渉で押し切られたのを見て、今度はロシアに付くことを考えたのです。

韓国は昔から事大(じだい)主義の国家です。事大とは「大に事(つか)える」こと、すなわち勢力の強大なものにつき従って、自分の存在を維持するやり方です。日本人の感覚としては「卑怯」と思えるやりかたですね。この韓国の事大主義は、私が言っているのではありません、朴正煕・元大統領も認めていたことなのです。

やがて日露戦争がはじまりました。韓国はロシアのためにいろいろ便宜を図り、ロシアの一員のように働きました。朝鮮王・高宗をはじめとする支配者階級と独立派知識人の一団がそれでした。
日本に対する支持グループもありました。最大政党・一進会をはじめとする親日派知識人と言われた人たちです。

苦労のあげく日本は日露戦争に勝った。本来ならこの時点で、ロシアを支持した朝鮮王・高宗率いる韓国は取りつぶされても仕方がなかった。しかし日本はその後の韓国の発展に力を貸したのです。数年たち、一進会をはじめとする多数の要望と、世界各国の理解で日韓併合がなりました。今年でちょうど100年です。

やがて太平洋戦争が始まりました。当然、韓国人も日本軍として戦いましたが結果、日本は敗戦国になりました。
とたんに韓国人は戦勝国気取りで、日本人を「劣等民族」呼ばわりしたのを、私ははっきり憶えています。どうしてそうなるのか、つい前までアメリカ(連合国)相手に一緒に戦っていたではないのか。節操のなさにはあきれてものが言えなかった。しかも講和条約もなにも整っていないうちに、韓国は大韓帝国国旗・太極旗を掲げようとして、さすがにアメリカに差し止められました。

さらに韓国は、第二次世界大戦の講和条約であるサンフランシスコ平和条約(日本国との平和条約)に勝戦国として参加することを希望しましたが、連合国が韓国政府を承認した事実がなく、イギリスやアメリカによって拒否されました。
どんな事情があるにせよ、日本人なら恥ずかしくてできないでしょう。連合国相手に戦ってきたのですよ。それを、負けたら今度は「負けたのは日本だ。自分らも戦勝国の仲間に入れて、勝ったことにしてくれ」というわけです。変わり身の早さというか、「事大主義国家」の面目躍如でしょう。世界ではこんな言い分は認められませんよ。


その後、戦争に負けた日本に、これまでしっぽを振っていたのが恥ずかしかったのでしょう。李承晩は弱い国・日本に勝てなかった自分の情けなさを隠すために、軍隊のない日本から竹島を奪い、勝手に李承晩ラインを設けて日本漁船を拿捕し、あげく「侵略された、植民地にされた」と騒いでいるのです。それを受け継いでいるのが今の韓国なのです。

11月12日のブログに書きました。

2001年に米国で開かれた国際学術会議で、欧米の国際法学者らは次のように指摘し、韓国の学者の見解を批判したといいます。「自分で生きていけない国について、周辺の国が国際的秩序の観点からその国を取り込む、ということは当時よくあったことだ。日韓併合条約は国際法上は不法ではなかった」と。
不法どころか、他の同環境の国よりよほど優遇されていた、という指摘も多くありますよ。


いくら韓国が「無理やり併合された」といったとしても、国際学術会議での法学者の言葉が結論ですね。まして戦後は日韓基本条約を締結し、莫大な金額を支払い済みなのです。昔のことをいつまでも蒸し返すのは、いい加減にしたらどうでしょう。自分らの値打ちを下げるだけですよ!

★ ブログを開設して7ヵ月、つまらない話にお付き合いいただき感謝いたします。皆さま、どうぞよい年末・年始をお過ごしください。来年またブログでお目にかかります。ありがとうございました。
プロフィール

村 岡 長 治

Author:村 岡 長 治
出自:兵庫県姫路市
現在:埼玉県富士見市
仕事:特定社会保険労務士、行政書士

筑波大学付属駒場高等学校卒業後、早稲田大学理工学部に学ぶが、家業を継ぐため学業途上で帰郷。
現在、川越・ふじみ野・富士見方面で、社会保険労務士・行政書士業をやっています。

「村岡労務行政事務所」のホームページもご覧ください。

両士業の支部内で、勉強会などを持てるといいと思っています。信頼できる同志との連携を深めたい。

お客様とは互いに信頼でき、長続きする関係を築いて行きたい。

趣味は酒、旅行、絵画・音楽・書の鑑賞など。子供たちも独立して、いまは夫婦2人です。

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