免許更新で認知機能検査、申し込みから講習まで半年がかりの大仕事だ!

 運転免許証の更新手続きを始めました。年をとると、免許更新も半年がかりです。なんとも煩わしい。
 私は後期高齢者です。75歳から、手続きがやけに面倒になるのです。講習に先立って、認知機能検査を受けなければならない。その成績に応じて、2時間の講習、3時間の講習、また認知症専門医の診察を義務付け、更新の可否を決めるという。ところが検査を受けるにも講習を受けるにも、人が多すぎてなかなか申し込めないのです。老人社会なのですね。

 私の誕生日は6月20日、公安委員会から手続きのハガキが届いたのが1月末でした。まず、認知機能検査を受ける。ハガキにはいくつもの自動車教習所の電話番号が掲載されています。さっそく近くの教習所Sに電話をしました。
 驚いたことに、最短で受けられるのが4月7日だという。2ヵ月以上先ですよ。やむを得ないので、その日を予約しました。シルバー世代が多いのですね、驚くべき混雑ぶりです。
 しかし我が家の一帯を思い出してみると、まるでシルバーコミュニティです。これじゃ社会保障費の出費が国を揺るがすのも納得がいきます。私もその1人なのですが。

 申し込んだとき、「前日に確認の電話を入れます」と言われました。年寄りだから忘れるかもしれない、ということでしょうか? あるいは、ひょっとしてもう死んでいるかも? と。まさかそこまでは思っていないでしょうが…。
 ところが当日を迎えると、いつ電話がくるかわからない。これも落ち着かないものですね。無理に尋ねる問題を作って電話。そのあと「このあと出かけるから、この電話で確認に替えてほしい」というと、「担当者に伝えます」と快く応じてくれた。

 当日の検査は、主に次の」3点でした。
(1)時間の見当識
 検査時における年月日、曜日及び時間を回答します。
 その後、介入課題。白紙1頁にランダムに記載された数字群から、まず1と4に斜線を引く(30秒)、続いて2と3と6に引く(30秒)。
(2)手がかり再生
 示された一定のイラスト(16枚)を記憶し、そのあと採点には関係しない課題を行う。忘れたころ、記憶した(はずの)イラストをヒントなしに回答させ(3分)、さらにヒントをもとに回答させます(3分)。
(3)時計描写
 時計の文字盤を描き(1分)、さらに、その文字盤に指定された時刻を表す針を描きます(30秒)。

 検査は説明を含めて約30分、およそこんなところでした。
 終了後、採点が行われ、その点数に応じて、(100点満点で)49点未満を「記憶力・判断力が低くなっている(認知症のおそれがある)」、49点~76点未満を「記憶力・判断力が少し低くなっている(認知機能の低下のおそれがある)」、76点以上「記憶力・判断力に心配がない(認知機能の低下のおそれがない)」と判定が行われます。

 検査結果は、その場で書面によって通知されます。これは公安委員会発行の正式な文書です。
 「記憶力・判断力が低くなっている」との結果であった場合は、1週間程度で警察から連絡があり、臨時適性検査(専門医による診断)を受け、又は医師の診断書を提出することになります。認知症であると診断された場合には、聴聞等の手続の上で運転免許が取り消され、または停止されます。
 「記憶力・判断力が少し低くなっている」グループは3時間の講習、「記憶力・判断力に心配がない」グループは2時間の講習です。講習料金も違ってきます。

 しかし認知機能検査結果を点数で表わされるのは嫌ですね。一応、76点以上は「OK」なのですが、検査問題自体は若い人なら誰でもできそうな問題です。それを決められた短い時間でやり遂げることができるか、ということですね。
 説明を聞いていると、獲得したのが90点とすると、若い時(は100点取れたはずだから)より10%認知症が進んでいるような気持ちになるのです。

 「何としても100点取らなければ」と考えすぎたのか、始まったときは緊張して鉛筆を持つ手が小刻みに震えたほどです。結果は100点でした。自賛になりますがまだ大丈夫、写真を掲載してみました。

 テストが終わった後、直ちにマニュアルによって教習所職員による採点。そのあと人を替えてもう一度採点。最後にFAXで検査センターに送り、センターで採点した後、受験者の手に検査結果通知書が渡されます。
 その間、安全運転のビデオなどを見ながら約50分待機しています。私の横で待っていた人は早い段階で職員に呼び出され、席に荷物を置いたまま戻ってくることはありませんでした。私が帰る時、女性職員に忘れ物があることを伝えましたが、なにか検査で問題があったのでしょうか。それならお気の毒です。

 翌日、教習所に電話して講習を予約しましたが、最短が6月24日ということにまたまた驚きました。高齢者で運転している人がいかに多いか身に沁みました。

認知症機能検査2

月曜日のわが家、朝食はブランチでゆっくりと

 月曜日、わが家で起床の後にとる食事はブランチです。ブランチというと洒落た響きもありますが、要は妻の仕事が休みなので、なるべくゆっくり寝させてやりたい、ということから始まりました。ご存知のように、これは英語のbreakfast(朝食)とlunch(昼食)を合成した言葉で、朝食と昼食の両方に取って代わる食事です。10時ごろまでは朝食、11時過ぎがブランチというそうです。

 わが家から、ららぽーと富士見の敷地まではおよそ徒歩7、8分。そこをまっすぐ通り抜けると、敷地の反対側に隣接して松栄庵という和食を饗する店があります。
 ららぽーとは富士見市役所と道路を隔てています。松栄庵はもっと市役所に近い別の場所にありました。当時は何のかわり映えもない町の蕎麦屋でした。ところがこちらに移転して、腕のいい和食の職人や寿司職人を雇ったのでしょうか、「和食御膳」や「寿司御膳」などいろいろありますが、すべてそこそこ美味なのです。

 ららぽーとの中での食事処は多いが、もう一度来たいと思う店はありません。知り合いに「おいしい」と教えられた近所の中国料理(といっても台湾料理)店にも行ったのですが、2回行ったきりです。
 距離のある所は車で行かなければならない。好きなビールを飲めないことは「重要事項」に該当するので、今後もこのあたりで「お茶を濁す」ことになるのでしょう。月曜日、私の食事はこの1食だけ。他の日も、実態は1食か2食です。1食なら、ブランチという名にsupper(夕食)も加えた造語が必要になりますね。つまらない私の食事事情です。

松栄庵2

松栄庵1

爛漫と咲き誇る砂川堀の桜花、昨日の写真をご覧ください

 前回、我が家の近くにある砂川堀の桜をお伝えしましたが、まだ八分咲き程度でした。家から数分ですので昨10日、もしやと思って行ってみて驚きました。まさしく“桜花爛漫”、この地へ埴生の宿を得て30年、これほど美しく咲いたのは初めてだと思います。

 灯は消える前にいちだんと輝くといいいます。いま日本のソメイヨシノは、各地で枯れ始めているらしい。まさかここも。もしそうなら、なんとも寂しいですね。樹木の専門家に解決策を考えてもらいたいものです。
 
  人はいさ(ざ) 心も知らず ふるさとは 
             花ぞ昔の 香ににほひける (紀貫之)

 これだけの年月を同じ地で過ごすと、人の心がどう変わったという段階ではありません。つい先日まで元気だった人が…、という体験も多くあります。年々歳々花あい似たり、歳々年々人同じからず。まことにその通りですね。しかし自分にとっては、このあばら家を終の棲家としなければならないのでしょう。人生は夢のまた夢、振り返るとあっという間でした。次はもっと喜ばしい夢を見たいものです。

 せっかくですからもう何枚かの写真で砂川堀の桜をご覧ください。10日にスマホで撮りました。とうてい絢爛たる美しさをお伝えできると思っていませんが。
 今日も拙いブログにお付き合いいただき、ありがとうございました。

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特アクアに買い替えました、自動ブレーキなど心強い機能を搭載

 今回、私事ですが車を買い替えました。特アクアです。17日に納車になりました。
 以前はスカイライン、プリメーラ、コロナ・エクシブなど排気量2000㏄クラスの車でしたが、ここしばらくはトヨタのベルタに乗っていました。今は近くの用足し程度で、旅行などは必ず列車(電車)を利用します。箱根(神奈川)や長瀞(埼玉)など近くに一、二泊で行くとしてもです。ゆっくり酒など楽しみながら、というのがなんとも言えませんね。

 原則として、私は車にそれほどお金をかけません。あんまり興味がないのです。故障せずに走ってくれればいい。ことに年をとってからは、小さい車の方が扱いやすい。我が家のガレージは狭いので、出し入れも便利だからです。
 周囲の方たちを見ても、3000㏄もある大きな車だった人がプリウスに買い替えるなど、年をとるにつれて小さな車になっていくようですね。
 アクアは確か1500㏄程度だったと思います。後部ドアが開くハッチバックなのです。私はどちらかというとトランク(乗用車の室内から隔離された荷室)がある車がいいのですが、今は高級車種以外には少なくなりました。
 よく宣伝している「特アクア」とは何かと思ったら、アクア特別仕様車のことらしい。もちろんハイブリッド仕様なのですが、ほかにいろいろなオプションをつけて高く売ろうとしているようです。

 しかし次の特別仕様3点には心惹かれましたね。
 「▼特アクア:Toyota Safety Sense Cの3つの機能。
 (1)自動ブレーキ(プリクラッシュセーフティシステム)
 (2)車線逸脱アラート(レーンディパーチャーアラート)
 (3)自動ハイビーム(オートマチックハイビーム)」(トヨタ販売店のサイトから)

 政府は2019年をめどに自動車の、①衝突防止 ②アクセルとブレーキの踏違い防止を確立させるということですが、私は高齢ですから一足お先に新システムのお世話になろうかと…。東京なら車はなくてもいいのですが、埼玉ではまだまだ車なしでは動きが取れないのです。
 実は2~3年前でしたか、川越街道で走行中一瞬眠ってしまい、あわや大事故、ということもありました。このときは縁石に乗り上げ、タイヤパンクとフェンダーの小破ですみました。

 ところで日米の考えの違いは面白いですね。アメリカは完全自動運転の車を開発しようとしています。その場合、事故を起こしたら責任の所在は自動車製造会社になるのでしょうか。日本では、自動ブレーキや車線逸脱防止などはあくまでも運転補助機能であり、運転の全責任は運転者にあるという考えです。 

 インターネットを閲覧すると、「アクアを50万円値引きさせた」「70万円値引きさせる方法」などいろいろありました。しかし今回トヨタ自動車販売店から私が車検などを頼んでいるM商会(自動車修理会社)が買い取り、それを私に売るという複雑な仕組みにしているらしい。トヨタ販売店から直接買った方が安いのはわかっているが、M商会には今後も車検などを頼むわけですし。

 そこでトヨタとMの担当者、私と3人揃ったところで、「サイトで何十万円値引きをさせたという話もよく見る。私は無茶ぶりをしたくない。3者とも『この程度なら、まあいいか』と思える値段を出してもらいたい」というと、担当者2人が席を外して話し合い、私に持ってきた価格が希望販売価格から18万円引き。ちょっと少ないかと思ったが、言い出しっぺでもあるからまあいいか。

 特アクアは車のカラーも5色しかなく、頼んだ色はライムホワイトパール。ところがこの色は、ほかの4色より高額になるという。「え~、何だよ」といいたくなりませんか。しかしこれで車の件は落着です。

アクア

11日間の入院でした。手術室は4号室、病室は9号室だった

 50年振りに入院生活を送りました。50年前は何だったかはっきりおぼえていませんが、どうせたいしたことではなかったと思います。3日ほどのものでしたから。
 今回は予定より1日早く退院できました、入院は11日間。前立線が肥大化して尿道の狭窄と弯曲が起きていた。すこし複雑な手術でした。やっと退院はしたのですがどうも調子が今ひとつ、再入院にならなければいいがと案じています。さて尾籠な話はここまで。

 私が手術を受けた病院は、N 大学医学部附属 I 病院。手術後、ストレッチャーのままナースステーションそばの個室に運ばれ、身体にいろいろな測定器具を取り付けられました。いわゆる「24時間監視」なのですね。
 顔には酸素マスク、心電図は24時間データを送る。血圧計は一定の時刻になると自動的に腕帯が締め付けるから、いま測っているなとすぐわかる。手指の先に止めた赤く光る物は、血中酸素濃度を測っているらしい。一定の時刻になると(ゴムチューブを膨らませたりしぼましたりという感覚でしたが)、足首から膝までふくらはぎをマッサージしてくれる。血栓ができるのを防いでいるのですね。いわゆるエコノミー症候群の予防です。
 しかしこのときから、翌朝9時過ぎに自分の病室に戻るまで、時間の長かったことには参ってしまいました。ベッドから動くことはできない、本もなければテレビもない。退屈だからできるだけ眠ろうとするのですが、ときどき腕帯が締め付けられたり、ふくらはぎをマッサージされるのですぐ目が覚める。1時間に1回、看護師さんが部屋をのぞく一瞬を逃さず「いま何時」と聞いて、ここから出る時刻を逆算する。9時には消灯なので、よけい退屈でした。

 現在の医療技術の進歩は、テレビ・ドラマ「ドクターX」などでコンセプトとしては理解していたつもりです。しかし自分に置き換えて考えることはなかった。わが身の 膀胱から尿道口を通して体外へ、直径7~8 mmもあるビニール管が出ているのを見ると、まるで自分がサイボーグのように感じられた。
 サイボーグとは、改めて説明するまでもないかもしれませんが、一言でいうと、生命体と自動制御系の技術を融合させたものを指す(ウィキペディア)そうです。
 要するに俳優のシュワちゃんが、長年演じてきた当たり役「ターミネーター」がそうですね。

 自分の姿を見ていると、この身体の何パーセントかは医療技術で生かされているのではないか、そんな不思議な感覚が湧いてきます。やむを得ない、あと何日かで管が抜ける。それまでの辛抱、との思いで過ごした術後の日数でした。
 見舞いに行くと言ってくれた友人もありました。気持には十分感謝しましたが、固辞しました。弱りきった姿を曝したくなかった。厚意をよせてくださった皆さま、ありがとうございます。
 不思議なことに気が付きました。私が知っている限り、病院には4号室と9号室はなかった。ところが私の手術室は2Fの4号室、病室は5Fの9号室でした。手術が始まる前に、手術室は2Fの4号室といわれたが、今さら異議を申し立てることもできませんしねぇ。

 今回、一応退院しましたが、このあとも少しは仕事もしなければならないし、ブログも書きたい。美味いビールも飲まなければいけない。なかなか「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」の心境にはなれないようです。
 私と家内の仕事に関する確定申告の準備もあります。溜まった仕事も少しはある。医師からは今後しばらく、これまで通りには動けないと言われています。このブログも当分、月5~6回にして続けたいと思いました。どうぞよろしくお願いします。

日大板橋病院
プロフィール

村 岡 長 治

Author:村 岡 長 治
出自:兵庫県姫路市
現在:埼玉県富士見市
仕事:特定社会保険労務士、行政書士

筑波大学付属駒場高等学校卒業後、早稲田大学理工学部に学ぶが、家業を継ぐため学業途上で帰郷。
現在、川越・ふじみ野・富士見方面で、社会保険労務士・行政書士業をやっています。

「村岡労務行政事務所」のホームページもご覧ください。

両士業の支部内で、勉強会などを持てるといいと思っています。信頼できる同志との連携を深めたい。

お客様とは互いに信頼でき、長続きする関係を築いて行きたい。

趣味は酒、旅行、絵画・音楽・書の鑑賞など。子供たちも独立して、いまは夫婦2人です。

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