川越・新河岸川の桜並木で花見を、蔵造りの街並みもゆっくり見学

 3月30日、3人の友人と川越駅で待ち合わせ、新河岸川の桜並木まで花見に出かけました。私の住まいは富士見市で、家から数分のところに砂川堀というちょっとしたお花見スポットがあります。友人の1人が、「次の飲み会は村岡さんの近くでやろうか」と言ってくれました。

 家へ帰って妻に話したところ、「せっかくだから川越でお花見をして、そのあと『蔵造りの街並み』や『時の鐘』を見てもらったら? 知り合いのガイドさんを頼んであげる。日時が決まったら飲み会の場所を予約したらいいでしょう」と。そこで毎月池袋で行っている会を今月に限り川越に移しました。

 駅で友人、ガイドと待ち合わせ、そのあと2台のタクシーで新河岸川の桜並木まで。「川越の桜五選」というのがあるそうで、新河岸川の桜はそこで第3位に入っています。
 そのあと裁判所前・札ノ辻を歩いて、蔵造りの街へ。ガイドが一緒ですと、何かと便利なことがあります。街並みや旧家の故事来歴など史実に詳しい。

 この日、歩き過ぎてかなり疲れた。時の鐘を見たあと、クレアモール(商店街)から駅へ向かうところでガイドと別れ、まずは「小江戸蔵里」で一休み。
 ここには利き酒蔵(昭和蔵)があります。埼玉県内35蔵の日本酒が勢ぞろいしている、有料の利き酒コーナーです。

 少し元気を取り戻し、そのあと川越駅へ。駅東口すぐのところに、予約していた居酒屋があります。乾いた喉に送り込むビールのうまさは格別。好きな酒と美味な肴で恒例の飲み会です…。
 いつまで健康寿命を保てるか? いつまで美味い酒を楽しめるのか? 分かりませんが友人も、夫婦も、みんな健康でいましょう。

 写真は新河岸川の桜並木。散り始め、川面に重なる花弁(はなびら)もまた風情。日本には花筏(はないかだ)という素敵な言葉もありますね。

新河岸川岸の桜6

新河岸川岸の桜4

新河岸川岸の桜8

新河岸川岸の桜7


4年ぶりに筑駒の同期会に出席、小田急ホテルサザンタワーで開催

12日、筑波大学付属駒場中・高等学校の同期会に出席しました。正午から午後3時まで、会場は新宿駅南口の小田急ホテルセンチュリーサザンタワー、21階バークルームです。角部屋で眺望が素晴らしいからか、毎年ここで開催しています。

恩師の石田城之助先生も矍鑠たる姿で出席くださり、「次々叙勲されているが、私の生きているうちに皆さんから報告を聞きたい」と参加者を称える言葉を述べられた。先生の年齢を改めて訊ねたことはありませんが、私らが高校に入学したとき30歳としても、もう90に手が届くと思われる。
たいへん痩せておられるが、酒をこよなく愛し、かつてご自身の叙勲祝賀会のおり、「これが私の食事だよ」と笑っておられたのを覚えています。食べ物には、いつもほとんど箸をつけられません。

この日の会は、文化の日に叙勲の栄に浴した、同期生の祝いも兼ねたものになりました。彼は、「受けるべきか、受けざるべきか躊躇があったが、天皇にお礼のご挨拶を述べてもらうことになっていると言われ、これはまたとない経験だとお受けした」と、ユーモアを交えて語った。

官僚として、トップクラスに就いた同期生の講話もありました。私たちが知り得ない、興味をひく話を多く聞くことができた。彼は50代で退職し、現在、誰もが知っている会社の代表を務めています。話のあとの質問会では「いつ社長を辞めるのか」という話もあったが、彼は、「後任にと思っていたものが亡くなった。しかし来年はやめようと思っている」と述べていた。

彼の学校生活も変わっています。筑駒は男子校で、中高一貫教育です。ほとんどが中学からそのまま高校に進む。私は高校からの入学ですが、そういう生徒はほんの一握りです。彼は男だけの学校生活に退屈し、男女共学の都立高へ行ったらしい。ところが心に描いたものとは違う、結局、勉強に力を入れることになった。大学入学後、国家公務員上級試験(国家公務員Ⅰ種試験)に合格し、キャリアとして某本省に入省したという。

私が前回、同期会に参加したのは4年前でした。その暮に妻が脳出血で倒れ、さらに開催日に時間が取れないなどの事情が重なり、今回、久しぶりの参加になりました。皆に大変温かく迎えてもらい、楽しい同期会でした。
そのあと韓国料理店で2次回が行われたが、私は欠席させてもらいました。
写真、なれないスマホで撮ったものですから、なかなかうまくいかなかった。どうぞあしからず。


駒場同期会 石田城之助先生のご挨拶
挨拶される石田城之助先生

駒場同期会
和気あいあいの会場風景、21階バークルームで

同期会会場
小田急ホテルセンチュリーサザンタワー

誘われて50年ぶりに麻雀、先日 「国士無双」 で上がった人がいた

学生時代は麻雀をやっていましたが、社会に出てから時間が取れる状況ではありませんでしたのでやらなくなってしまいました。私はゴルフもやりません。当時、ゴルフは「お金持ち」のゲームで、学生の分際でやるものではなかった。社会に出てからは、時間が取れなかったからです。

ところが昨年、不動産会社を経営している I さんから麻雀に誘われ、日曜日、半荘(ハンチャン)2回だけお付き合いするようになりました。ゆっくり打っても3時間程度でしょうか。家内が倒れてから、仕事は10分の1ぐらいに縮小してしまいましたが、日曜以外はリハビリや病院などけっこう行かなければならないところもあるのです。

50年ぶりの麻雀ですので、果たしてできるかどうか不安でした。しかし身に付いた芸(?)というのは不思議なもので、何十年経っても身体が覚えている部分があるのですね。さすが点数計算などはパッと出てこない。それはお任せです。

メンバーは先ほど述べた I 社長と、リタイア組の H さん、O さん。場所は川越の I 社長宅です。ところが不思議な麻雀なのですね、いっさいお金を賭けない。たしか私の記憶では、「社会通念上相当と考えられる」小遣い程度の少額なら問題ない、と思っていたのですが…。


2人組が賭けに反対なのでしょうか。負けた人は次のお茶かコーヒーを買ってくる、ということになったらしいのです。ところが一々覚えているのが面倒なので 「ショバ代だ」 と私がいつも買って行く。他の人たちが適当に、あるいは交互に買ってくるという状態です。

賭けないとよっぽどつまらないかと思ったのですが、何度かやってみるとそれなりに面白い。考えてみれば、仲間と碁を打ったり将棋を指すとき、ふつうは賭けたりしないでしょう。それでもそれなりに面白い。


先日の日曜日、50年ぶりに大きい上がり手を見せてもらいました。「国士無双」 です。ご存知のとおりこの役は、13面待ちで上がるのが理想ですが、なかなかそうはいかない。頭が先にできてしまうことが多いからです。

この日、役満を上がったのは O さん。やはり頭ができて、「西」で待っていました。振り込んだのは I さんだったと思います。同じ役満でも 「四暗刻」 などはできやすいと思いますが、国士無双はそこそこ難しいでしょうね。


これまで私は、「九蓮宝燈」 はやったことはもちろん、目にしたこともありません。賭けていないと、案外安心して誰かやって、振り込んでくれるかも。ばかばかしいほど 「健全麻雀」 ですが、それなりに面白いところも経験しています。賭けると、人によっては汚い麻雀を打つことがありますから、こういうのが広まるのもいいかもわかりませんね。


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写真は13面で待つ場合の「国士無双」。13牌のうちどれがきても上がれます

「長寿国」のカラクリを知ってほしい! 臨終の迎え方を考えようよ

(前回のつづき)
いいですか。いざ家族に何かあったとき、医師から「人工呼吸器はどうしますか。胃瘻(いろう)は?」と聞かれても、日ごろの心掛けがなければとっさに返事ができないでしょう。そのときは、ゆっくり考える時間がないのですよ。人によっては「胃瘻って何ですか」と、その場にそぐわない話をしかねない。

私の考えでは、自分や家族に関しては、もっと細かく文章で残しておかなければいけない、といつも思うのですがまだやっていません。しかし今すぐいちばん気になる、そして私にとって絶対に「やってほしくない延命治療」は次の3つです。

◆透析(人工透析)  腎臓がいよいよ悪くなり、「慢性腎不全」が悪化すると、腎臓そのものがほとんど機能しなくなり、生命を維持していくために最終的に人工透析か腎臓移植を選択するしか道はない。腎臓移植については、生体腎移植にしても死体腎移植にしても、まだまだ移植環境が整っていないので、ほとんど人工透析を選択しているのが現状です。

◆胃瘻  腹壁を切開して胃内に管を通し、食物や水分や医薬品を流入させ投与するための処置。食物や水分や医薬品を流入させ、生かしておこうという考えかたらしい。

◆人工呼吸器  自発呼吸が不十分な人に対し、人工的に呼吸を補助する装置。一般的には治療器具として認知されているそうですが、治療するものではないので人体にとっては負担になる。ただし医師の監督の下、正しい使用がなされ、かつ短時間であればこの限りではないという。

医療は万能ではありえない。人間の生命について、現在わかっていることがどれだけあるか。それなら自分の臨終の迎え方は自分で真剣に考えなければいけないだろう。人間は生れる時も場所も選べないのです。せめて死ぬときは、できる範囲で死に方を選びたいとは思いませんか。

人間はなまじ小細工をするからいけないのではないか。例えば普通の状態で犬が死ぬとき(“亡くなる”などとバカな言葉を使う人もいます)、七転八倒するのを見たことがない。けっこう安らかに死んでいくでしょう。これはあくまで私の体験です。しかし他の動物はどうでしょう。

人間も同じではないでしょうか。フランスでは口から食事を摂取できなくなった時点で、それ以上の治療をやめると聞いたことがありますがどうなのでしょうかね。日本は平均寿命が世界トップクラスだ、というが“意識もなくなって、延命の機械で生かされている”人も含まれているのですよ。どう思いますか、賢者の皆さん。

いずれにしても私は早いうちに文書にして、自分の家族に関して、やってほしい治療とやってもらいたくないことを明確にしておきたいと思います。(おわり)

今わの際の悲惨に絶句、無理な延命が身体にも負担を

つい先日、妻が知人の通夜に行ってきました。20年ほど前に知りあった婦人です。私はその間1、2回顔を見た程度で、言葉を交わしたのは1回だけでしたから、斎場に妻を乗せていった車の中で待っていました。
病に倒れてからの妻は、精神的に重圧を受けるようなことがあるとすぐに体調を崩します。この日も通夜が終わるころを見計らって親族に挨拶だけでもしなければ、と考えて行ったのでした。

亡くなった方は、知り合ったころに透析を始めていました。車から出て10分ぐらいたったでしょうか、体調が悪そうな様子で車に帰ってきた妻。聞くと、会場には知り合いが何人も来ていて、聞くともなしに故人の話が耳に入ってきたというのです。
「死ぬ間際は耳も聞こえないし、意識もまったくなかった」
「人間というより、まるで塊(かたまり)よ」

それぞれの家庭の考えがありますから、それを他人が論評するわけにはいかないことはわかっています。妻もそれを承知しているのですが、なにせ刺激が強すぎたらしいのです。
以前ブログにも書きましたが、私ら夫婦は常々「延命治療はしない」と話し合っています。なまじっか医療が進歩してきたため、一度延命治療を試みると死ぬに死ねないことが多い。いつ最期を迎えるかは医者も分からない、もちろん家族もです。

途中で延命装置を外したら、当然、本人は生きられない。というより、それまで生きていた人が死んでしまうということ。行為は違法性の認識があったということになるらしい。そうなると殺人罪か同意殺人罪か、自殺関与か知りませんが、こんな法律が適用されるとなれば、途中から延命装置を取り外してくれる医師はほとんどいないでしょう。


少し前にも、かかりつけの内科医・S先生と話しました。
「『終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン』を読んでも、話し合えというだけで具体性が全くない。むしろこんな大事なことは、日頃から家族で話し合うように、医師が勧めるべきだ」
先生は言いました。
「かりに夫婦で話し合っていても、いざというとき親戚が入って、延命治療を選択してしまうことが多い」

先生のお兄さんも透析をしているらしい。「私は透析をするつもりはない」というと、「透析をしないと尿毒症でたちまち死んでしまうよ」と言った。「だけどお兄さんも透析はすごく疲労するというでしょう」と問うと、「ものすごく疲れるらしい」と。


ただし年をとると、どこで倒れるかわからない。「偉そうに言っていても、救急車で運ばれたら、意識のない間に何をされるかわからないとは思うけどね」。
私が言うと、医者はうなずいていました。(つづく)

プロフィール

村 岡 長 治

Author:村 岡 長 治
出自:兵庫県姫路市
現在:埼玉県富士見市
仕事:特定社会保険労務士、行政書士

筑波大学付属駒場高等学校卒業後、早稲田大学理工学部に学ぶが、家業を継ぐため学業途上で帰郷。
現在、川越・ふじみ野・富士見方面で、社会保険労務士・行政書士業をやっています。

「村岡労務行政事務所」のホームページもご覧ください。

両士業の支部内で、勉強会などを持てるといいと思っています。信頼できる同志との連携を深めたい。

お客様とは互いに信頼でき、長続きする関係を築いて行きたい。

趣味は酒、旅行、絵画・音楽・書の鑑賞など。子供たちも独立して、いまは夫婦2人です。

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