世界に印す偉大な足跡! ダウン症と戦う書家「金澤翔子 書展」が上野で

 台東区上野恩賜公園の上野の森美術館で、23日から30日まで、「ダウン症の書家 金澤翔子書展」が開かれています。金澤さんは1985年生まれ。5歳から、書家である母泰子さんに師事して書道を始めた。20歳で初の個展を開いて以来、約280ヵ所以上で開催、100万人以上を動員したという。仕上げた額、屏風など作品は約170点にのぼる。
 ニューヨーク、チェコ、シンガポール、ロシアなどでも個展を開催。NHK大河ドラマ「平清盛」の題字を担当。スポーツ祭東京(国体)開会式で揮毫。天皇陛下の御製を揮毫、紺綬褒章受章。NY国連本部で日本代表スピーチ。日本福祉大学客員准教授を務めるというそうそうたる経歴です。

 妻の仕事は月曜日が休みです。25日に私が妻に同行して、上野恩賜公園まで出かけました。
 ダウン症というのは、通常23組46本の染色体のうち、21番目の染色体が1本増え、全部で47本になったことが原因で起こるそうです。これがダウン症全体の95%を占めるといいます。新生児1000人の1人に症状が現れ、身体的発達の遅延、特徴的な顔つき、軽度の知的障害があるのです。

 日本におけるダウン症研究の権威で、HTという女性医師がいます。妻が知遇を得たきっかけは2013年5月に、板橋区小茂根の心身障害児総合医療療育センターで看護師さん相手に指圧の講習を行ったことです。60人以上の看護師さんが真剣に受講しました。
 このセンターは社会福祉法人日本肢体不自由協会が厚生労働省の委託を受け、障害児の看護を専門として設立されたものです。

 HT先生は現在、妻の指圧治療院の患者さんでもあります。確か月に2回ほど来院しておられるのではないでしょうか。ある日、「この券2枚差し上げるから、ぜひ行ってらっしゃい」と金澤翔子さんの個展の招待券をもらったらしい。
 妻はけっこう能天気なものですから、次に先生に会ったとき「行きたいという人がいたから、あげたら喜んでいました」と報告。すると先生から、「あなたに見てもらいたいからあげたのよ」と言われ、すぐあと2枚を送ってくれたそうです。

 会場には、金澤翔子さんの代表作ばかりが全国から集結。作品総数は60点以上。上野の森美術館の広い空間を活かし、屏風がずらりと並んだ様子は壮観そのものでした。母・泰子さんは翔子さん20歳の時に初個展を主催したが、お母さんの主催としては実に12年ぶりで、今年74歳を迎える「母の終活」でもあるという。
 この書を「ただ誉める」のは簡単かもわかりませんが、それでは意味がないと思います。「素人に何が分かる」とお叱りを覚悟のうえで、私の感じたところを素直に述べてみたい。

 小さな字はさっと見ただけですが、決して上手とは思えなかった。そして何より、書いている内容が般若心経らしかったので、申し訳ないが宗旨が違う私はすぐに他へ移動した。
 小さい字は私の場合、例えばペンで書く時を考えてみました。横棒を引き「ここまで」と思っても、老年になってからパッと止まらず少し行き過ぎることがある。ダウン症は筋力が極端に弱いから、小さい字を書くのは大変なのかもわかりませんね。
 しかし額や屏風に書いた大きな字は〈見事〉でしたね。「夢」「愛」「飛翔」…、そのほか多くの字にその技巧(も素晴らしいが)より、胸に訴えてくる感動を覚えました。

 例に挙げては申し訳ないが、私は芸人KTさんの書には感動できない。訴えてくるものがないのですね。近年知ったのですが、彼はそれを左手で書いているという。
 これは私の感想ですが、右で書いては決して能筆たり得ない。それを隠すため、いっそ左で書いて、「巧拙を論じる以前」のできを狙ったのではないか。そう考え、イラストを見るつもりで眺めると、これも有りか、と思えました。
 書を知らない人はどういう感覚で見て、「Tちゃんの書は素晴らしい」などと言っているのかしりません。しかしそのうち「達筆だ」などという意見が出たら、「エー」というしかないでしょうね。

 いずれにしても、翔子さんの字はもちろんそういうレベルではない。見る人に大きな夢や愛を感動で包んで与えてくれた。そして何より、ダウン症と戦いながら、世界に大きな足跡を印し続けている彼女に、満腔の賛辞を送りたい。
 おそらく生まれつきの彼女の病気を知って、ことに当初のお母さんのご苦労は並大抵ではなかったでしょう。しかしついに大輪の花を咲かせましたね。おめでとうございます。

 帰りは上野公園・西郷隆盛銅像直下の、「銀座ライオン」ビアホールで息抜き。夜のビールが進まなくなるといけないので、ここではエビスの生・ハーフ&ハーフの大ジョッキ2杯で抑えました。しかしこの美味(うま)さは堪(こた)えられませんね!!

翔子1
「金澤翔子 書展」が開催された上野の森美術館

翔子2
NHK大河ドラマ「平清盛」の題字を担当

翔子3

翔子4

翔子5
上野の「銀座ライオン」。午後4時、早いから
空(す)いていました

23日は「ダリ展」と「都展」へ、興味深いダリのキュビスム作品

 23日の勤労感謝の日、東京・乃木坂の国立新美術館と上野の東京都美術館へ行ってきました。国立新美術館では「ダリ展」が、東京都美術館では「第52回都展」が開催されています。ダリ展は相変わらず人気があり、入場まで40分待ちでしたが、ダリの素晴らしい回顧展で感動ものでした。
 
 前回、上野の森美術館でサルバドール・ダリ展が行われたのは、ちょうど10年前でした。今回はガラ = サルバドール・ダリ財団、サルバドール・ダリ美術館、その他のダリコレクションと、日本国内の主要作品がそろい、作品数は約200点。日本では過去最大規模だというのです。
 展示では、ダリが絵画を志したスペインでの少年時代から、アメリカに渡って活躍した最晩年の作品まで、ダリの生涯を追いながらその作品や作風の変遷をたどる展示構成になっています。

 特に、シュルレアリスム(超現実主義)時代だけでなく、まだダリが自身の作風を模索していた青年時代には、キュビスム(キュビズム、キュービズム)やピュリスム、そして印象派の絵画など、あらゆる作風を研究していたことがわかり、大変興味深いものでした。
 キュビスムとはご存知の通り、20世紀初頭にパブロ・ピカソらによって創始された画法ですが、ダリがこの技法を研究していたのは興味をひかれました。アメリカに渡ってから舞台芸術や絵本の挿絵、宝飾品など、活動の幅を広げた作品も見ることができます。

 それともうひとつ、タレントのルー大柴さんがダリ展のポスターに起用されていましたが、そのそっくりぶりが話題を集めていたようです。写真は京都展の折のポスターですが、たしかに酷似していますね。

 都展はS氏夫妻が毎年出品しています。彼らとは6年前、コスタ・ビクトリアによる「日本一周と済州島クルーズ」に参加した際に知り合いました。2人とも秋の都展には出展しているということで誘われ、以来毎年11月23日に出かけています。今年は夫のSKさんが「古き良き時代」と題した草ぶき屋根の古民家を、SHさんは「明日の糧Ⅱ」と題した、これは南米か、あるいはロシアに行った時の思い出でしょうか。
 そのあとは上野の繁華街に繰り出して恒例の飲み会。今度会うのは1年先でしょう、一足早い忘年会といったところでしょうか。

 ところであと一言だけ付け加えさせていただきます。
 前回のブログで朴槿恵韓国大統領の支持率が5%まで低下し、絶体絶命の崖っぷちできゅうきゅうとしている様子を書きました。新しい情報によると、支持率はついに4%になり20代、30代では0%という悲惨な状況らしい。
 また検察が「ほぼすべての容疑で朴大統領も共謀関係にある」と発表したためか、退陣を求めるデモも150万人に達し、与党議員も賛成に回ったことから大統領が弾劾される可能性が強まったという。

 これは他国の内政問題なのですが、大統領が変わったら、日本が10億円を拠出した「慰安婦問題」はどうなるのか。捏造問題で騒ぎ立てる韓国に対し、私流にいえば“思いやり予算”でしょう。ところがこの国は、朴氏が辞めたら「国会が承認していない、慰安婦が納得していない」と、またまた騒ぎ立てるのではないか。そうやりながら、絶対に10億円は返還しませんよ。
 これを日本語で「やらずぼったくり」という。こんな国とまともに話ができますか。どうなるか、よく観察していきたいと思っています。

1ダリ展
乃木坂駅改札口から国立新美術館入口に通じる通路があります

9ダリ展
ダリとルー大柴、よく似てますね
(写真は「Yahoo! 検索(画像)」から)

10ダリ展
暮れ泥む東京都美術館、ここで「都展」が開催されている

2ダリ展
上野公園の銀杏も黄葉しています

3都展
SKさんの作品「古き良き時代」

1都展
SHさんの「明日の糧 Ⅱ」

4都展

2都展

5都展
イルミネーションに彩られた上野公園内の道

「餌場の鯉」と題した大作、大調和展で知人の画を鑑賞

 6月4日、上野公園の東京都美術館へ「第55回大調和展」を見に行ってきました。毎月、埼玉・上福岡で飲み会を開いていますが、そのメンバーの1人Y女史から「油絵を出品したので見てほしい」という話があり、出かけたのです。大調和展の展示は1階の第1・第2・第3展示室です。力作も大変多かった。都美術館の周囲も、「若冲展」で3時間半待った時とは様変わり、閑散? としていました。

 今回、この展示会の存在を初めて知りましたが、歴史があるのですね。
 第1回展は昭和2年11月に、武者小路実篤の提唱で上野の日本美術協会で開催。審査委員は犬養健(小説家、政治家。第2・3台法務大臣、首相・犬養毅の三男)、高村光太郎(彫刻家、詩人)、実篤、梅原龍三郎(洋画家)、佐藤春夫(詩人、作家)、岸田劉生(洋画家)そのほか大勢の、驚くべき高名な人たちが連なっていた。

 第2回展は里見弴(小説家)を審査委員に加えたが、戦前はこの回で解散となった。
戦後の「復活第1回展」は昭和37年2月、武者小路実篤を会長として東京都美術館で開催された。設立委員には今田謹吾、内田豊など多数の中に、劉生の娘で「麗子像」のモデルになった岸田麗子が加わっていたのも縁を感じました。彼女は15歳で父と死別していたのですから。

 会場には武者小路実篤、岸田麗子の作品も多く展示されていました。
 Y女史の絵は「餌場の鯉」と題したなかなかの大作でした。私が以前歩いていた散歩コースに人工河川があり、餌を持って行ってはそこに棲みついている鯉に与えていました。Yさんの絵は餌に集まる鯉を躍動的に描いているのはよくわかるが、全体をとらえようとし過ぎている印象でした。餌に群がる姿をアップで、もう少し明るい色彩にしたらよりよかったのではないか。水の質感は大変よかったと思いましたね。ただこの論評が的外れなら迷惑をかけるから、これ以上書くのをやめます。

1大調和
第55回大調和展が開催された東京都美術館

10大調和
特別出展された武者小路実篤氏の作品、ほかにも数点あり

6大調和
「餌場の鯉」と題したY女史の作品

11大調和

2大調和
なかなか力作ぞろいでした

「俺たちの国芳 わたしの国貞」展、Bunkamuraザ・ミュージアムで

 「テレビやグラビア雑誌がない江戸時代、浮世絵は歌舞伎スターのブロマイドであり、最新のエンターテインメントやファッションを伝える重要なメディアでした。江戸の人々は、浮世絵のなかで、縦横無尽に暴れまわり活躍する人気役者(スーパースター)や英雄(ヒーロー)たちに憧れ、美しい女性(モデル)の姿に夢描きました」

 これは渋谷の「Bunkamura ザ・ミュージアム」で開催中の浮世絵展、「ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞」と題したパンフレットの冒頭の一節です。
 5月30日の月曜日、この展覧会に行きました。私は江戸時代の絵画、ことに浮世絵を見るのがたいへん楽しい。当時の風俗、すなわち衣食住など日常生活のしきたりや習わし、風習、生活文化などの特色がくまなく表れているからです。昨今「江戸の風俗が好きだ」などというと、性風俗と勘違いされかねないので、注意しなければいけないが。

 いつも思うのですが、ことに江戸時代の初期は、文芸・学問・芸術・芸能に著しい発展を見た時代でした。ゆたかな経済力を背景に成長してきた町人たちが、大阪・京都など上方を中心にすぐれた作品を数多く生みだした。そこでは庶民の生活・心情・思想などが書き物、版画や劇場を通じて表現されました。
 いわゆる「元禄文化」は、上方で京都から大坂に中心が移るようになると、同時に東漸を始め、やがて江戸が文化の中心となるのです。

 小説の井原西鶴、俳諧の松尾芭蕉、浄瑠璃の近松門左衛門らは日本文学史上の一大巨星です。のちに「琳派」と呼ばれる装飾的大画面を生み出した尾形光琳、浮世絵の始祖・菱川師宣、生田流箏曲、浄瑠璃、長唄等々、江戸文化が大々的に花開く時期です。
 私がいつの感心するのは、これらの文化はほとんどが庶民のために生まれたものです。ヨーロッパを始めアジアでも、芸術、芸能などはほとんど王侯貴族のものでした。江戸文化を見てください。庶民がその中心ではありませんか。

 いや、こういう芸能・芸術だけではありません。旅行も「ほとんど自由に」行くことができたのです。「容易に行くことはできなかった」と考えている方も多いと思いますが、実は「お伊勢参り」と言えば、通行手形も案外簡単に発行してもらえたようです。伊勢参りを「旅行の口実」に使ったかどうかは議論のあるところですが、「お伊勢参り」と言えば旅に出るのは困難ではなかった。
 江戸時代の日本の人口は3千万人と言われますが、“最盛期には年間500万人、実に6人に一人が伊勢に参拝した(ウィキペディア)”、というから推して知るべきでしょう。

 日本は旅行者にとって大変安全な国です。少し後の明治のことですが、イギリスの旅行家イザベラ・バードが、旅行者にとって日本の安全性と景色の美しさを各書に絶賛している。
 ヨーロッパなどでは個人旅行は極めて危険だから、馬車などを用意しなければならなかった。庶民が簡単に行ける状態ではなかったらしい。

 話が長くなってしまいました。
 国芳と国貞の2人は、兄弟弟子でありながらその作風は対照的で、国芳は豪快な武者絵と大胆な構図で、国貞は粋な美人画や緻密な表現で一世を風靡したそうです。
 大首絵といって、歌舞伎役者や遊女、評判娘などを半身像や胸像として捉えて描いた浮世絵版画は、まさに現代でいえば映画スターのブロマイドなのでしょう。輝く歌舞伎役者に熱い思いを寄せ、美しい女性の艶姿に夢を馳せたのが想像できます。
 それとともに、さまざまな浮世絵から当時の華やかな江戸の風俗・文化を覗くことができるのが、私はたいへん楽しい。まさに江戸時代は、庶民の文化が絢爛と咲き誇った時代だったのです。

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「若冲展」で都美術館へ、魅せられた絢爛たる〈動植綵絵〉

 「皇太子問題」についてもう1度だけ書く予定でしたが、今回、「若冲展」について書いてしまいました。次回、必ず掲載しますのでご了解ください。

 5月16日の月曜日、「生誕300年記念」と題した「若冲展」が開催されている上野の東京都美術館へ行きました。実はゴールデンウイークの真っ只中の5月4日に1度は足を運んだのですが、当日は炎天下で切符を買って入館まで120分と聞かされ、後日を期して帰ったのです。
 この日はパソコンで混雑予想を確認。覚悟のうえで出かけましたが、現地の整理・誘導係の話では、切符を買うのに30分、入館の列に並んで180分、合計3時間半という説明でした。迷ったのですが、開催が24日までなので、この日を逃したら見ることができません。幸い前回来た時と違って空模様は曇りで涼しい。熱中症で倒れることもないだろう、と自分を励まし並ぶことにしました。

 午後1時20分から並んで、入館できたのは4時半ごろでした。
 伊藤若冲(1716-1800)の生誕300年を記念して、初期から晩年までの代表作約80点を紹介した展覧会です。若冲はこのところ人気がうなぎ登りだといいます。しかも4月22日から5月24日というわずか1ヵ月間。これでは混雑するはずです。国立新美術館の「ルノワール展」が4か月近く開催されるのと比べると、なんと短いことでしょう。

 若冲は、18世紀に京都で活躍した画家だそうです。繊細な描写技法によって動植物を美しく鮮やかに描く一方、即興的な筆遣いとユーモラスな表現による水墨画を数多く手掛けるなど、85歳で没するまで精力的に制作を続けたといいます。
 お恥ずかしい話ですが、私はこれまで若冲についてあんまり興味を持ちませんでした。ですからその作品について語る知識も持ち合わせません。ただし実際に作品群を目にし、気になる作品ばかりでした。

 中でも「動植綵絵(どうしょくさいえ)30幅」にとても興味を引かれました。これは“若冲生涯の傑作”と言われるそうですが、ことに目立ったのが「老松白鳳図」です。想像上の霊鳥・鳳凰を裏彩色によって仕上げている、レースのような純白の羽の美しさは観る者を思わず惹きつけます。「老松孔雀図」も素晴らしかった。これらの尾羽にハート模様を描いたのは、作者のアイディアなのでしょうか。この綵絵では木が、花が、鳥が、魚が、虫が歌い踊り、自らの存在を誇示しています。華麗な作品群です。

 若冲は生涯、豊かな生活を送っていたらしい。極彩色の絵の具を惜しげもなく使っていますが、当時としては大変な出費だったでしょう。しかもその絵が、昨日描いたように美しく残っている。誰かに絵を買ってもらう必要もなかったからか、散逸しなかったものよかったのではないでしょうか。

 若冲展は間もなく(5月24日に)終了します。機会がれば、またぜひ見たい作品群でした。

2若冲

3若冲

1若冲
「若冲展」を見るため、東京都美術館から延々つながる人の波

若冲4

若冲10
“若冲生涯の傑作”と言われる「老松白鳳図」

若冲あ
「老松孔雀図」、なかなかの大作でした

若冲12

若冲7

若冲8
木が、花が、鳥が、魚が、虫が歌い踊る華麗な作品群
プロフィール

村 岡 長 治

Author:村 岡 長 治
出自:兵庫県姫路市
現在:埼玉県富士見市
仕事:特定社会保険労務士、行政書士

筑波大学付属駒場高等学校卒業後、早稲田大学理工学部に学ぶが、家業を継ぐため学業途上で帰郷。
現在、川越・ふじみ野・富士見方面で、社会保険労務士・行政書士業をやっています。

「村岡労務行政事務所」のホームページもご覧ください。

両士業の支部内で、勉強会などを持てるといいと思っています。信頼できる同志との連携を深めたい。

お客様とは互いに信頼でき、長続きする関係を築いて行きたい。

趣味は酒、旅行、絵画・音楽・書の鑑賞など。子供たちも独立して、いまは夫婦2人です。

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