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今夜は姫路の「焼きあなご」で一杯。川越の鰻屋は味もさまざま?

 今日は食べ物について書いてみます。
 私は食べ物についてはあんまりこだわりがありません。好きなものがテーブルに出てくれば、箸を運ぶ頻度も高まります。それほど好みでないものが出ても、それなりに箸をつけて楽しみます。
 今回、身近にあった食べ物の話2題を短く書いてみたい。ひとつは「あなご」、今ひとつは「鰻」についてです。

 正月に妻と倅の3人で姫路へ行ったことはブログにも書きました。ここ数年で姫路は数回行きましたが、昨年の正月、3人で初めてあなご重を食しました。ところが2人とも「美味しい」と感激していたので、今年も着いた日に食べました。
 はっきり言うと、関東であなごを食べて美味しいと思ったことがなかったので、うなぎを時々食べていました。しかし思い返すと幼少のころと20歳代の一時期、姫路方面に住んでいたころは、鰻よりあなごを食べていたのです。

 今回、姫路で姪に会ったとき、妻が「あなごがすごく美味しかった」と話していました。それを心に留めていたらしく本日、姪があなご料理の銘店「柊」の、4本1串の手焼きあなごを2串送ってくれた。倅のところへも1串届いたらしいい。
 明石から姫路にかけてのあなごは、私は日本一だと思っています。ことに明石と岩屋(淡路島の北端)の間で獲れるあなごが絶品でした(何十年も前の話ということをご承知ください)。刺身も弾力があっておいしいですよ。送ってきたあなごは30cmほどの手ごろな大きさで肉厚、立派なものです。妻は今留守ですが、帰ると喜ぶに違いない。今日のビールはきっと旨いでしょう。

 今ひとつは鰻です。
 正月、妻の仕事始めは7日で、前日、掃除をすることにしていました。仕事場は川越です。手伝いに来てくれるスタッフにお年玉をあげ、掃除の後、小川菊(おがぎく)でうな重をご馳走してあげると張り切って出かけました。昔から鰻で有名な川越でも、小川菊はトップクラスに入ると私は思っています。

 帰ってきた妻の話では、小川菊はかなりの順番待ちだったらしい。到着したのは2時少し前。夕方なら予約できるというが、待っているわけにはいかない。(ここからは、述べる店を貶めるためではないので、店名を伏せます。)
 川越の代表としていつも名が挙がる6、7店の1か所へ電話をかけた。今なら注文できるということで急いでその店へ行ったそうです。

 妻がうな重の土産を持ち帰ったので、このあとは食べた私の感想です。
 タレが薄く、そのくせ塩味が強い。こってりし過ぎもどうかと思うが、もう少し甘みがあった方がいい。どんな食べ物も私は甘すぎる味付けを嫌いますが、これはちょっとひどすぎる。それに素材の鰻が小さくてお粗末すぎる。これで4千数百円はちょっと…。
 妻は店で出された肝吸いは味がとても薄かったといっていた。味に対する好みは人それぞれではありますが、こんな店もあるということです。

R2 1 24 焼きあなご 柊
姪が送ってくれた焼きあなご。すぐ串を抜いて冷蔵
庫に入れてしまったので、写真は柊のHPから借用

ミトコンドリアDNAは娘、母、祖母、曾祖母とたどることができるが…

 (前回のつづき)
 男親から息子に継承されるのがY染色体。ですから今上天皇からその父君を順次たどっていくと、初代の神武天皇に行き着く。それが男系・男子ということらしい。
 ところで女性から子供に継承される遺伝子、それがミトコンドリアです。独自のDNAを持ち、子どもには母のミトコンドリアが受け継がれる。父からは遺伝しない。Y染色体ばかり論じ、ミトコンドリアを話題にしないのは片手落ちではないでしょうかか。

 お断りしておきますが、私はこのような問題には門外漢、まったく知識がありません。しかしミトコンドリアの分析をもとに母、祖母、曾祖母とたどっていくと、20万年前にアフリカにすんでいた女性に行き着くという。これが「ミトコンドリア・イブ」仮説だというのです。
 しかしこれには反論もあるらしい。ミトコンドリアDNAの分析は、先祖をたどる道筋のひとつにすぎない。Y染色体を使って先祖をたどれば「Y染色体アダム」に行き着く、という。ただ行き着く先は同じでなければおかしいということになるのではありませんか。子孫を残すには、父と母がいなければならない理屈ですから。

 考えていると次々疑問が出てきてしまう。
 ただ誤解しないでいただきたい。私はいろいろな研究を否定するつもりは全くありません。むしろ肯定したうえで、それではこういう考えは成り立たないのだろうか、と考えるのです。
 ここで天照大神(あまてらすおおかみ=日本書紀)について書いてみたい。天照大御神(あまてらすおおみかみ)とは古事記の記述らしい。また仏教界では宗派にもよるが「てんしょうだいじん」と読むところが多いという(Wikipediaより)。

 この天照大神は「皇祖神」といわれる。皇室の祖先ということですが、女神だと言われています。そうなると皇室は、神武帝の時すでに女系天皇になっていたとは考えられませんか。男系、女系というのは、神武帝以後の問題なのか。それ以前は「天皇」ではないから、考えないということか。
 あるいは天照大神の話は神話の世界だ、というところへ行きつくのでしょうか。しかしそうなってくると、一説には応神天皇(15代)の前までは神話の世界だという話もある。継体天皇(26代)からが明確になっているということも聞きました。

 ギネスブックは世界最古の王朝として、神武天皇から始まった日本の皇室が認定されている。明記された古文献がなく考古学で証明されてないとは言っても、否定する証拠も出てないというのがその理由、と聞いたことがあるが本当なのでしょうか。
 ところで昔、何かの本で東大教授(その後、名誉教授)の小堀桂一郎氏が神話について書いておられた。ひとことで言うと、「神話は民族共通の遠い記憶であり、受け継がれてきた<伝承>である」ということだったと思う(多少不正確かもわかりません)。私は神話の世界はそれでいいのかと思っています。

 話がとんでもないところまで行ってしまい、申し訳ありません。私が言いたいことは、決して毎日新聞がいうような、「天皇制の存続にかかわる喫緊の課題」ではないということです。現在、立派な皇位継承者がおられる以上、毎日新聞の論調は拙速に過ぎるというものです。「急いては事を仕損じる」ことを考えなければいけません。女系天皇・女性天皇については、慎重の上にも慎重であってもらいたい。(おわり)

Y染色体を受け継いだ場合と受け継がない場合は何が違うのか

 (前回のつづき)
 ここで巷間取りざたされている問題をどう考えるか。「天皇のY染色体の継続」はどんな役割があるか、についても考える必要があるのではありませんか。
 皆さまご存知の通りですが、男性の性染色体はXY、女性はXXです。男性のY染色体は息子だけに受け継がれ、娘には継がれない。女性にはXX染色体しかないからです。
 そこで現天皇の父方の先祖をたどっていくと、初代の神武天皇に行き着く、これは科学的な事実だと思われる。逆に神武天皇から下ると、そのY染色体は現在の天皇はもちろん、皇位継承者に受け継がれている。

 しかし「だから男系男子を覆すべきではない」となると、私は疑問をはさまざるをえない。Y染色体を受け継いだ場合と、受け継がない場合はどう違うのか。これを明らかにする必要があるのではないか。
 今まで男系男子で続いてきた、そして皇室の役割は十分に果たされてきた。それは大いに喜ばしいことです。しかしそれは「男系男子」だからできたことなのか。例えば男系女子の天皇だったらどうか。これは過去に10例あります(同じ天皇が2度皇位に就かれたから実質8人)。しかしこれは当座の処置で、その後男子に代わり、男系は守られた。
 女系天皇となると、その子には(父親が皇族でない限り)神武天皇のY染色体は受け継がれないことになる。その場合はどうなるのか。例えば女系男子の場合です。

 かなり前にもこのブログで書きました。私が強調したいのは、Y染色体の継続がどんな意味があるかということなのです。神武天皇のY染色体が今上天皇に受け継がれたとして、それがどういう意味があるのか。
 さしたる意味がないなら、政府はそのことを国民に知らしめるべきではないか。いや大きい意味があるなら、なおさら知らせるべきでしょう。染色体の問題提起は昔からありましたが、生半可な知識を得、それをすべてだと思っている半可通が結構多い。

 以前ブログに書いたことがありますが、先祖のY染色体を受け継がない男性に、何か不都合なことがあるのでしょうか。言葉を換えれば、Y染色体に何か特別なことがあるのでしょうか。それによっては、結論の方向が変わってくることもあり得る。こういう問題を勘案したうえで対処できる「有識者会議」を持つべきだと私は考えます。(つづく)

次世代の皇位継承者は決まっている、せいてことを仕損じてはいけない

 今回、韓国の一方的なGSOMIA破棄の通告、その後の延期について書きたいと思っていました。だが24日付の毎日新聞に、「政府の皇位継承論 責任を放棄する先送りだ」と題した社説が掲載された。ついてはまず、この問題について述べてみたい。

 同紙は、「天皇制の存続にかかわる喫緊の課題について、責任を持って取り組む姿勢とは言い難い」と批判するが、果たしてそうだろうか。
 2005年、小泉政権下で有識者会議が、女性・女系天皇を認める報告書をまとめた。このときは、当時の天皇(現上皇)より世代が下で皇位継承権がある方は、皇太子徳仁親王(今上天皇)と秋篠宮文人親王だけでした。

 だからその次を考えて急いだのでしょうが、翌年、秋篠宮家に悠仁さまが誕生されて、この話は沙汰止みになったと思っていました。もしこの時に、急いで「女性天皇・女系天皇」を容認する結論を<決定事項>としていたら、かなり面倒なことになっていたのではないか。決定事項とするとは、皇室典範の改定も含めてです。
 どういうことか。余分なことですが、ひと言付け加えてみたい。

 もしも女系・女性天皇を認める方針で、外国の王室にあるように(例えばオランダ)、男女を問わず第一子に皇位を継承させる、と決めたらどうなっていたか。この場合、次に皇位を継承される皇太子徳仁さまの第一子は、当然、愛子さまになる。当然皇室典範も改訂されたでしょう。
 そのあと悠仁さまが誕生されたなら、その場合、国民は果たして「絶対長子継承」を納得できただろうか、と私は考える。「急いては事を仕損じる」恐れがあったということです。

 今は悠仁さまという、今上天皇や秋篠宮さまの次世代の皇位継承者が厳然といらっしゃる。毎日新聞はどうして「喫緊の課題」などと、急いでこの先の対処を求めるのか。「喫緊」とは「差し迫って重要なこと」という意味です。言葉の使い方を間違ってはいないか。
 なんでもいい、時の政権を攻撃すれば世間の支持を得られると思っているのではないか。これでは朝日新聞のやり口と同じだ。ただこの問題も、いずれはっきりさせなければいけない時がくるのは当然でしょう。

 はっきり言いましょう。「女性天皇・女系天皇を認める」と一言でいえば、どうやら日本国の7割の賛同を得ることができるらしい。これはさまざまなアンケートの結果です。だが果たしてそれでいいのでしょうか。日本人として、女系天皇と女性天皇の区別がつかない人も7割はいるらしい。
 そんな状態で、果たしてこの問題を語ることができるのですか。(つづく)

新宿の小田急ホテルセンチュリーサザンタワーで高校の同期会

 11日正午から3時間、新宿駅南口の小田急ホテルセンチュリーサザンタワー21階で、教駒八期会懇親会が行われました。前日までの天気予報は雨でしたが、当日は曇りに変わり、昼近くには日が射すまでになった。
 私の高校は東京教育大学(現筑波大学)付属駒場高等学校で、卒業以来60年ほどになります。今は名簿も、学校で発行する卒業証明書も筑波大学付属駒場高校ですが、筑駒より愛着があるのでしょうか、皆は現在でも教駒八期生と称しています。

 在学時の同期生は百数十名でしたが、現在の存命者は100名を切ったと報告がありました。この日集まったのは35名。80歳に近い年齢を考えても、体調が悪い人、病身の人もいるでしょう。これだけ集まるのは素晴らしいといえるのではありませんか。幹事さん、本当にご苦労さまでした。
 残念ながら、私の担任だった石田城之助先生が入院しておられて、この日は参加されませんでした。たしか今年の初夏のころでしたか、有志が集まって卒寿(90歳)のお祝いをしたはずです。私は外せない予定があり、参加できませんでした。しかし60年間も、毎年の同期会に参加してくださった石田先生には感謝しております。

 この日、参加者からの近況報告があった。そのあと、某大手繊維会社の「世界唯一の3次元事業展開」について、KHさんから興味深いレクチャーが行われた。最後は、いつものように全員で校歌を合唱。
 2次会はホテル2階の韓国料理店です。大変楽しい会でした。来年度も変わらず11月11日がクラス会です。また元気で会いましょう。

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毎年の会場、小田急ホテルセンチュ
リーサザンスター

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みんな飲んべえ、同期会の模様。今年は石田先生が欠席

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3時過ぎから開いた2次会