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富士見市・砂川堀の桜も満開、夜桜見物の明かりを復活してほしい!

 埼玉県富士見市にも桜花の季節がやってきました。ご覧の写真は自宅から数分のところにある人工河川・砂川堀の桜です。ここでは場所に似合わず立派な桜を見ることができ、両岸に数百メートル続いています。
 現在は護岸工事をしていて、川面にかかっていた桜の枝が多く切られていた。ちょっと残念ですね。

 東日本大震災の前は、例の提灯の中に電球を入れた、盆踊りの時のような明かりで夜桜を楽しめたのですが、「節電」ということで中止になってしまったらしい。しかし現在はLED電球という極省エネのアイテムもあるので、ぜひ復活してもらいたいものです。

 「散ればこそ いとど桜は めでたけれ 憂き世に何か 久しかるべき」(詠み人知らず)
                           
 パッと咲きパッと散るからこそ、桜はいっそう美しいのでしょう。私らの一生も悠久の大宇宙から見ると、一瞬にもあたらないのかもしれません。


H31 4 7 2 砂川堀の桜

H31 4 7 1 砂川堀の桜
自宅から数分の砂川堀の桜。護岸工事中で並木道を歩けないのが残念

確かに中国人はマナーが悪い、だが日本人も我が身を省みるべきだ!

 (前回の続き)
 中国のメディア新週刊は、さらにこんな記事を掲載していた。これもあるキャビンアテンダント(CA)の話です。

 それは上海の空港で雷雨のために、7時間も機内に缶詰めにされた日本人の乗客たちの話です。彼らはいっさい騒いだり文句を言ったりせず、水やパンなど必要なものは自分で取りに来て、飲み終わったコップなどは返しに来たという。
 乗客がお辞儀をしてお礼までいう姿に驚いたCAは、「ありがとう。皆さん、お疲れさま」と応じた。

 ネットへの書き込みを見て、多数のコメントが寄せられた。
 「裏切者め」
 「日本人は慰安所でも列に並んだって」
 など、日本への悪意に満ちたものもあったが、素直に日本を称賛していたのも多かったらしい。

 「日本との差は明らか」
 「国辱を忘れるなとは言うが、もっと大事なことは自分を高めること」
 「このような民族は尊重すべきだ。これが敵であるなら、非常に恐ろしいことだ」
 「中国人に置き換えてみよう。7時間も待たせたら、飛行機は乗客の手で解体される」
 「私は中国人がどうして日本をののしるばかりで、日本から学ぼうとしないかを知っている。答えは学ぼうとしても無理だから」
 「中国は永遠に日本に追いつけない」
 「日本人の素養は本当にすごい。中国人が見習わなければいけないところがたくさんある。日本から教師を呼んできてはどう?」
 「これが、日頃お前たちがたたきまくっている日本人だ。いい加減、目を覚ませ」
 
 しかしこう称賛されると、面映(おもは)ゆいのも事実です。
 5年ほど前になりますがタイメディアでは、航空機を引き返させた中国人についての報道が続いたという。中国当局がこの乗客4人を「旅行不適格者として」ブラックリストに載せたことに対し、タイ国内でも「当然だ」との声が多いという。
 この報道で明らかになったのは、連れと並んで座れなかった女性がカップヌードルを注文。受け取って、座席順を変えてくれと要望したが、断られた。男性も一緒になってCAに抗議している最中に、女性がカップヌードルの熱湯をCAに向かってぶちまけた。

 これに対して他のCAが謝罪を求め、謝らなければバンコクに引き返すと警告していた。しかしこの中国人にほかの2名が加わり、「爆破する」と騒ぎ立て、最中にナイフかペンのようなものを突き立てようとした。
 バンコクへ引き返してこの中国人たちには5万バーツ(約17万7千円)を支払った後で、帰国させられた。

 並んで座れなかったのは、航空会社のせいではなく、ツアー会社の配分だったことも明らかになった。どんな経緯かわからないが、中国当局はこの会社に対して業務停止の処分を検討したという。
 タイではしばしば中国人旅行者のマナーの悪さが話題になり、タイ人の間でも非常に評判が悪い。

 確かにこうあげつらうと、中国人のマナーは最悪です。マナーというのは一般的には、その場その場における作法であり、その文化で生きるときの行儀だという。
 彼ら中国人のやり口は、マナーなどという言葉で批判する段階をはるかに超えている。犯罪です。そんな性根だったら、この社会では四六時中トラブルを起こすことは間違いない。こんな連中は絶海の孤島で暮らすしかないでしょう。

 しかし最近では、日本人も「自分さえよければ」という気持ちが強いのを感じることがある。明治時代、イギリスのイザベラ・バードが日本各地を旅行し、「日本紀行」「日本奥地紀行」などを著し、日本人の他人への「思いやり」を称えていたらしい(私は要約した文しか読んでいません)。
 そんな遠くを見つめなくても、東日本大震災の時、救援に来てくれた米軍部隊が、自分が窮地に立ちながら他人を思いやる日本人の心に驚いていた。

 私も中国人のマナーの悪さは何度も体験しています。
 マレーシアのランカウイ島へ行った帰り、国内線から国際線へ乗り換えるためクアラルンプールで1泊したときの話です。ガイドの案内で妻と2人、博物館に行きました。そろそろ帰ろうと出口まで来た時、大声で話しながら中国人の団体30人ほどがやってきた。ガイドは「早く帰りましょう。私は中国系マレー人だけど、中国人は大っ嫌い」と、彼らと遭遇することを嫌がっていた。

 私が友人を案内してサルタン王宮に行った時も、門前には衛兵が馬に乗り、交替の時間まで、人馬とも身じろぎもしないでいるのです。国王の威厳を示しているのでしょうね。ところが中国人の団体が来ると、4、5人が馬のそばにより、馬の横腹をピチャピチャたたく。何の意味もない行動ですが、見ていて呆れましたね。馬が暴れたりしたらどうするのか。

 書けばきりがないのですが、私がイタリアのコスタ社の客船で日本一周と済州島のクルーズに参加した折のことです。港に着くとほとんどが下船します。出港の時間は繰り返し伝えてあるのですが、日本の港で中国人が乗り遅れた。
 私はそんなことは知らなかったのですが、動き出した船がまもなく停まり、数人が小さな船から乗り込んできた。聞くと出港に遅れた中国人だという。枚挙にいとまがないのです。

 しかし日本には、「人のふり見て我がふり直せ」というわかりやすい諺がある。最近国内の一部の人たちの振る舞いを見るにつけ、中国人のこんな不作法をただ批判するのではなく、私たちも今一度「我がふり」を見直すべきではないでしょうか。(おわり)

「1万メートル上空で見た国民の素質」、中国人CAが日本人を絶賛

 YouTubeに、「中国人が称賛した日本人の行動とマナー」と題して、中国版ツイッターに掲載された内容が日本語で掲載されていた。中国メディア・新中韓が、中国人客室乗務員(CA)による「1万メートル上空で見た国民の素質」と題した文書を、「推薦文書」として中国版ツイッターで紹介したものです。私は数日前に見つけたのですが、あるいは4、5年前の話なのでしょうか?

 文書はエミレーツ航空に勤務している中国人CAが経験した話。ツイッターでは、「嘘や誇張は一切ない」と強調しています。しかし凄まじい内容なので、ぜひここで紹介してみたいと思いました。
 本来なら、YouTubeにこの投稿をした方の了解を得たいのですが、どこへ連絡したらいいのかわからないので、引用であることをお断りしたうえで掲載させていただきました。

 中国人CA達に最も人気があるフライトが日本行きの便らしい。理由は「日本人は礼儀正しく、誰も呼び鈴を押さない。クレームを訴えない」からだと。
 そして体験した人は、「みな日本人の礼儀正しさに感銘し、日本のすしの味、日本の大通りや路地の清潔さを愛するようになる」ともいう。このため、CAが日本行きの便を希望しても、なかなか搭乗できない。逆に、簡単に搭乗できるのは中国行きのフライト、これは人気がないせいだというのだ。

 そのあと、北京からドバイに飛んだフライトの経験を紹介している。その便は中国のある大企業の社員旅行で、飛行機をチャーターした上に、40件以上のホテルや、アブダビのテーマパーク「フェラーリ・ワールド」を3日間借り切り、総予算が数億ディルハム(日本円で百数十億円か)という豪華なツアーだった。
 中国人CAは内心で「同乗している他の国のCAたちに、中国の本当の金持ちを見せてやる」と張り切っていたらしい。しかし、それが「私にとって有史以来、最も腐ったフライトになってしまった」というのです。

 まず離陸直後、乗客に提供する食事や飲料の準備をしている最中に、すでに十数人が座席でいっせいに呼び鈴を押した。それらは、食事までの時間を聞くなど、どうでもいい用件ばかりだった。
 その後、つぎのような出来事がおきたとCAは嘆く。

 「1人のおばさんに呼ばれた。おばさんは『子供が腹を減らしている。すぐ食事を出してくれ』と。食事は今温めている最中であることを説明し、30分後に提供できます」と伝えた。
 しかしおばさんは4、5分ごとに呼び鈴を押し、通りがかった私のスカートを引っ張り、『もう子供はご飯を食べて寝なきゃいけない』『食事しないで寝たら胃が痛くなる』などという」

 「『先にビスケットでも持ってきましょうか』というと、『ちゃんとした食事でなければだめだ』という。やっと食事が出来上がり、真っ先に子供の分を持っていくと、『なぜ私の分がないの』とごねる。
 やがて食事が始まると、今度はキッチンにやってきて、『料理が辛い』と言って交換を要求した。余分な食事がないことを伝えても納得しない。見かねた上司が状況を改めて伝え、おばさんはやっと席に戻った。寝る時間だったはずの彼女のかわいい子供は、その後何時間も楽しくゲームで遊んでやっと眠った」

 大勢の乗客は食後、ディナーのプレートが邪魔だといたるところに放り投げ、床はプレートだらけになった。同僚の中国人CAは1人の女性客にプレートを投げつけられ、「拾えば?」と言われたという。
 非常口の空間の前には、十数組のプレートが積みあがった。このCAは乗客にプレートを拾ってもらおうと台車を押して歩いたが、みな目をつむって寝たふりをしていたという。
 そして、さきほどのおばさんがキッチンに2枚のプレートを持った来たのはいいが、置き場がないとみるや床に投げ捨てて帰った。

 この中国人CAは、中国人乗客のマナーを嘆いていた。
 「食事の後はトイレに行列ができた。揺れが強くなってシートベルト着用ランプが点灯したため、英語と中国語で座席に戻るように放送した。だが3回放送しても1人も席に戻らなかった。
 留学時代に飛行機を利用した折、「外国人CAに軽蔑されて不快に思ったが、あれは偏見や嫉妬ではなかった」。
 中国人CAの嘆きは続きます。
 「自分が目の黒いうちに、中国も日本のように秩序や礼儀が世界に認められるようになると良いね」と同僚に話したら、「生きてるうちは無理」と返されたという。最後は「強国への道はまだとても長い」とまとめていたというのです。(明日につづく)

「翔んで埼玉」の人気を考えた、県民の自虐趣味が充たされただけか?

 なんだかんだの野暮用で、すっかりご無沙汰してしまいました。
 一段落したとたん一昨日、女房殿のご要望で映画「翔んで埼玉」観賞に同行してきました。私が東京のアパートに住んでいた若いころ。そうです、ちょうどバブル景気真っ最中の頃でしょうか、東京の私の周りでは何かにつけて埼玉をからかう風潮がありました。「イジリ」やすかったのでしょうか。

 「ダサイタマ」。
 埼玉県民は長らくこの「異名」に振り回されてきたという。かつて県議会でも取り上げられ、「県としてどのような対策を講じているか」と論争になったこともあるらしい。言わせておけばいいものを、まったくくだらないことに貴重(?)な時間を割くものだ。県会議員は暇なんですかね。
 誰が言い始めたのかダサイタマ。定かではないが1980年代前半にタレントのタモリが言ったことが全国的に広まった、との説が有力だという。

 「芋ナンバー」というのもありましたね。当時「大宮」ナンバーの車ばっかり目につきました。もちろん「川越」ナンバーはなかったし、「所沢」の車検場もなかったのか? 川越の名物はさつま芋ですから、大宮ナンバーの車を見ると、サツマイモの川越を連想したのでしょうか。そのいきさつは、私には定かではありませんが…。

 ところが映画は評判倒れだった。知り合いの婦人で、「あんまりおかしいから、知らない隣の人と肩をたたき合って笑った」と言っていたが、信じられませんね。

 話はひとことで言えば、埼玉県民が東京都民から虐げられている架空の世界を舞台に、帰国子女でアメリカ帰りの転校生と、埼玉出身の東京都知事の子の、県境を超えたラブストーリー。埼玉や千葉の住民は「通行手形」を持たずに東京都に入ると、強制送還される。ところが通行手形は都知事の権能に属し、賄賂の温床になっている。2人が中心になり、この現状を打破するというおとぎ話です。

 … しかし東京都民の言葉には多少笑わされた。
 「ご存知ない方も多いと思いますが、東京都のとなりに埼玉県というところがあります」「埼玉から東京へ行くには通行手形が必要なのです」
 「ああ嫌だ! 埼玉なんて言ってるだけで、口が埼玉になるわ!」
 「埼玉もやっぱり日曜日かな?」
 「茨城というと、埼玉のさらに奥地にあると言われるあの日本の僻地?」「気の弱い女性はその地名を聞いただけで卒倒してしまうというあの茨城です」
 … 気の毒に、茨城まで巻き添えになった。

 私は姫路(兵庫)で生まれ、親父が復員(古いね!)してきたあと釧路(北海道)で中学の途中まで生活し、そのあとの学校生活は東京。現在は埼玉の富士見市で蟄居しています。転々としてきたからか、埼玉をけなされても腹が立たないし、かといって同調もしたくない。郷土愛というのが薄いかとも思う。
 しかしこの映画がなぜそんなに人気が出たのか? 埼玉県民の「自虐趣味」を満たしたのか? 私にはわかりません。

 いちばん面白かったのが、芸人・塙が最後に唄った「埼玉県のうた」っていうところでしょうか。
 「~だんだん、だんだん、だんだだん、だんだん埼玉。どんなに歩いても海が無い。海だけならまだしも、空港無い。名所も無い、さらに郷土愛も無い。だけどアジア一のでかい団地がある。~」
 そのほか大したことはなかった。残念…

韓国が望んだ日韓併合、「合邦を要求する声明書」を読めば歴然

 (前回のつづき)
 この頃すでに、米欧諸国も朝鮮に見切りをつけていた。1905年、セオドア・ルーズベルト米大統領は、「朝鮮半島は日本に任せる」と日本に伝えてきたのです。
 その言葉どおり、李氏朝鮮に置いた公使館・領事館をことごとく引き上げ、「お前らは自分自身で国を統治できない。今後は日本にすがって生きよ」と言い渡したという。

 さらに日本に対しても、「白人に未開人を導く神聖な使命があるように、黄色い日本人にも未開の黄色人を助ける黄色い重荷があるんだ」(WiLL7月号、高山正之氏の文章から引用)と言いだした。アメリカのわが身勝手な言い分にはあきれるほかはない。
 ところが伊藤博文氏はこんな朝鮮を抱えるのは危険と判断し、1905年から5年間、朝鮮半島に様々な投資をして、自立できる道筋をつけてきた。未開国に道路を造り、鉄道を敷くなどインフラ整備をし、学校を立て、ハングルを与えた。併合や植民地にするのではなく、朝鮮が独自で生きる道を考えていたのです。

 その伊藤氏が、「朝鮮を植民地にする」と勘違いをした朝鮮人・安重根によって、ハルビン駅頭で射殺されるという事件があった。真犯人はロシアの特務機関員で、安はそれを隠すために仕立てられたという説があり、私はそれが正しいと思っています。しかし安が認めていることでもあり、今はそれに言及しません。
 伊藤の死後39日目のことでした。韓国最大政党「一進会」は韓国皇帝・高宗にあて「韓日合邦を要求する声明書」を上奏した。

 「日本は日清戦争で莫大な費用と多数の人命を費やし韓国を独立させてくれた。また日露戦争では日本の損害は甲午の二十倍を出しながらも、韓国がロシアに飲み込まれ肉になるのを助け、東洋全体の平和を維持した。韓国はこれに感謝もせず、あちこちの国にすがり、外交権が奪われ、保護条約に至ったのは、我々が招いたのである。第三次日韓協約(丁未条約)、ハーグ密使事件も我々が招いたのである。今後どのような危険が訪れるかも分からないが、これも我々が招いたことである。我が国の皇帝陛下と日本天皇陛下に懇願し、朝鮮人も日本人と同じ一等国民の待遇を享受して、政府と社会を発展させようではないか」

 当時、李完用は朝鮮人100万人の署名を集め、日本に対し、日韓併合を懇願してきたのでした。李完用は、李氏朝鮮の末期から大韓帝国の初めにかけての政治家。日本が日清戦争に勝利して朝鮮を独立させてからは、大韓帝国首相も務めた。
 韓国が日韓併合を願ってきたことを、日本は米英に話したが彼らはもちろん賛成した。過去のいきさつを考えても、反対する理由がなかった。

 こういう問題は国内で100%賛成ということはない。韓国内のごく一部に反対を唱える者がいたが、大勢(たいせい)は日韓合邦を願っていた。
 いつか麻生太郎副総理も、「朴(ぱく)だ金(きむ)だと言っていた者が、日本名を名乗って、日本人として生活できるんだからみんな喜んだ」(あくまで趣旨)と言って、議員の中にも一部反発する者がいたが、事実はその通りなのです。職場でもそれまで中国人やロシア人にいじめられていたのが、併合によって「一等国民」として、胸を張り始めた。

 しかし「事大主義国家(民族)」の悲しさ。日本が戦争に負けた途端、今度はアメリカに付こうとした。進駐軍から拳銃や小銃を不法に入手し、当時武器を没収されていた日本の警察署に押し込んで暴れまわったり、デパートに押し入って物品を強奪したり、やりたい放題でした。「オレたちは朝鮮進駐軍だ」というのが彼らの看板でした。
 在日韓国・朝鮮人は、「日本に強制的に連れてこられた」というがこれもウソ。その証拠に、半島に帰ろうとすればいつでも帰れる戦後でも、帰ろうとしなかったのです。日本での生活がよっぽど美味しかったのでしょうね。方々にコリア・タウンを作って根を張って、現在に至っているというわけです。

 こんな話を書いていると、頭に血が上って体調が悪くなる。
 しかし福沢諭吉が、「隣国だからと言って特別扱いはよくない。悪友と親しく交わる者も悪名をまぬかれない。自分は東アジアの悪友を謝絶する」と中韓との接し方を述べていたが、日本は伊藤博文や福沢の目指すところをもっと見つめるべきだった。ルーズベルト大統領にとんだババを引かされたというわけです。
 中途半端ですがこれで失礼します。ご了承ください。(おわり)
プロフィール

村 岡 長 治

Author:村 岡 長 治
出自:兵庫県姫路市
現在:埼玉県富士見市
仕事:特定社会保険労務士、行政書士

筑波大学付属駒場高等学校卒業後、早稲田大学理工学部に学ぶが、家業を継ぐため学業途上で帰郷。
現在、川越・ふじみ野・富士見方面で、社会保険労務士・行政書士業をやっています。

「村岡労務行政事務所」のホームページもご覧ください。

両士業の支部内で、勉強会などを持てるといいと思っています。信頼できる同志との連携を深めたい。

お客様とは互いに信頼でき、長続きする関係を築いて行きたい。

趣味は酒、旅行、絵画・音楽・書の鑑賞など。子供たちも独立して、いまは夫婦2人です。

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