FC2ブログ

磨いたスキルは本人の宝、有為の青年に正しい技術を託したい一念で

 (前回の続き)妻は見返りを求める気持ちは全くなく、人の役に立つこと、人が喜んでくれることをできるのが嬉しいらしい。知人が声をかけてくれたのを契機に、沖縄・西表島の島人(しまんちゅ)文化祭(2、3年ごとに開催されていた)でのボランティア活動に、治療院のスタッフを誘って6回ほど参加(十余年)。今は毎年の盆休みを利用して、1人で富山までボランティア活動に赴いています。

 指圧師として後輩の指導にも携わってきました。
 例えば日本指圧専門学校では、結構な授業料を払って、卒業まで3年かけます。指圧学校の関係者にはにがい話だと思いますが、終了して国家試験に合格しても、そのままのスキルでは本当の指圧治療はできません。一例を挙げれば肩こりや腰痛を力で押すことはできますが、妻の治療院に勤めることなどはできません。有資格者でも平均3年以上は改めて修業し直さなければならない。
 もちろん国家試験に合格してすぐ開業する人もいます。資格を得た以上、決して違法ではありません。そのことは、はっきり言っておきます。

 ある程度納得できるスキルに達したら、妻の治療院で何年か働かせてもらう。あくまでも本人の希望です。もちろんその間の給料はきちんと払う。勤める指圧師への支払いは、業界一般では本人の売り上げの半額ですが、妻は3分の2を払っている。そのあと、独立希望者は開業に向かう。開業するときには、自腹を切って開業祝い金を支給してきた。
 大勢を一堂に集めて教える練習会ではなく、個々の悪癖を直して正しい技術を教えなければいけないから、一度に大勢を引き受けることはできない。これまで30年ほどの間に3、4人が独立した。

 今回、K君が開業することになって、これまで勉強してきたM君がスタッフとして、患者さん相手に指圧を行うことになった。彼は3年半ほど妻の治療院で勉強してきました。
 K君の送別会と開業祝いを兼ねて、川越にあるフランス料理レストランで食事会をした。参加者は妻と開業するK君、スタッフは新人のM君を含めて4人(1人は中国旅行を終えたばかりだったので、新型肺炎感染を案じて2週間自宅待機)の6人。その時の話を妻から聞きました。
 新スタッフのM君が以前、友達に色々聞かれるままに、村岡曜子治療院で指圧のスキル上達のために技術を教えてもらっていること、費用は無料であること、将来その治療院で勤務できると話したところ、全員が「無料でやってくれるはずがない。必ず裏がある」と言ったらしい。

 その話を受けて開業するK君の話です。
 「うちでは母から、そんないい条件はない。絶対だまされてるよ、と言われていた」。
 いま彼の開業準備が遅れているので、態勢が整うまで、彼の患者さんの治療に妻の治療院を使わせているのですよ。お母さんはどう思って見ているのでしょうか。

 ただこの青年は2人とも、妻の言葉を信じて練習生になった。もし疑って実践していなければ、2人はせっかくのチャンスを逃していたことになりますね。妻は浪越指圧の技術を将来に残したいと、有為(ゆうい)の青年に技術を託したかっただけです。
 「石橋を叩いて渡る」ことも大事かと思うが、「叩いても渡らない」のでは本人の未来は全くないでしょう。
 前回のブログでも言いましたが、もちろん妻が「鴻鵠」などとは思っていません。しかし「裏がある」と疑ってかかる人がつい「燕雀」と重なってしまい、「安くんぞ鴻鵠の志を知らんや」の諺が思い出されるのです。(おわり)

通じない真心がせつない、人が喜んでくれることが嬉しいだけ

 「燕雀(えんじゃく)安(いず)くんぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや」という諺があります(出典、史記)。これはツバメやスズメのような小さな鳥にはオオトリやコウノトリのような大きな鳥の志すところは理解できないということ。転じて「志が高い者の考える事は、そうでない者には理解できない」という意味に使われます。
 この言い方は「ずいぶん上から目線の言葉だ」と私は思います。しかし「鴻鵠」ではありませんが、本人のために、あるいはその周囲の人たちのためにと思ってやることが、とうてい理解してもらえないということは、私の身の回りでもあります。

 話はここからです。
 妻は埼玉県川越市で指圧治療院を開業し、指圧師をしています。十数年前になるでしょうか、体を大きく振りながら、つま先立ちでよろよろ何十歩か歩いては(尖足歩行)摑まって休む、という状態で登下校する中学校低学年らしい男の子に気が付きました。暖かい季節でした、道路に面したガラス戸を開けると、道路から部屋の畳に直接腰掛けることができるのです。
 「今後ここで休んでもいいよ」と声をかけると、彼は登下校の途中治療院に寄るようになりました。仮にT君と呼んでおきます。
 指圧で少しでも彼が楽に歩行できるようにしてあげられないかと考え、妻は「一度お母さんと一緒にいらっしゃい」と話したそうです。

 お母さんはシングルマザーで、弟もいると話していた。妻は指圧治療によって、彼が少しでも楽に歩行ができるようになったらとの思いで、「希望であればすべてボランティアでやってみたいと思うがどうですか」と。お母さんは「お金がかからないのなら」ということで依頼しました。
 そのあと妻は指圧だけではなく、歩行法「ナンバ歩き」の研究者・権威であるT学園大学のY教授の指導を受け、さらに同教授とH講師を川越まで招いて直接指導してもらう機会を何度か持ちました。そのほか古武術を中心とした身体技法の研究家K氏の講座を受講し、自分なりにT君に最も適した方法を考えていました。
 結果、万全ではありませんが、尖足歩行はかなり改善されました。これまでほど左右に大きく蛇行することもなく、ほぼ一定の幅で歩くことができるようになりました。

 T君は二分脊椎症(にぶんせきついしょう)という病気による身障者です。この病気でいちばん皆が悩む問題は、排便・排尿の問題だと知りました。幼少時から自力でできないまま成人する人が多いのです。幼い時は親の手を借り、成長するにつれて自分で行うようになります。医師はこれまで自力排便・排尿をさせることはあきらめ、排泄の器具の改良に取り組むばかりでした。
 妻は見返りを求める気持ちは全くなく、人の役に立つこと、人が喜んでくれることをできるのが嬉しいらしい。
 排便は浣腸で済む場合もありますが、ほとんどは洗腸。器具を使って腸内の便を流し出すのです。排尿器官は複雑なため排便よりかなり困難で、導尿という方法で解決します。

 T君は排便までは自力でできるようになりましたが、その後、先方の親と疎遠になったので、現状はわからないそうです。ある日、母親が妻に借金を申し込んできたらしい。妻が「せっかくだけど、うちはお金を貸すことはしません。緊急に必要というのであれば、5万円か10万円なら差し上げます」と言ったら、それ以来寄り付かなくなったらしい。子供がどうしているか、気がかりではあります。(つづく)

長くて短い25年、社労士、行政書士廃業で一段落

 8月末で社会保険労務士、行政書士登録を抹消してもらい廃業しました。登録から25年、長くもあり短くもあった年月です。このさっぱりした気持ち、なんとも不思議な感覚です。
 社労士も行政書士もよほど自制しなければ、仕事柄、正しくない手続きに引き込まれそうになる場合があると思います。例えば退会の報告をブログに書いたおり少し触れましたが、職務上請求用紙の横流しで罪に問われた例もあります。

 また一時、成年後見人になる人が結構いたようですが、私は同期のYYさんに意見を聞いてみました。彼は「場合によっては大きな金に責任を持たなきゃならない。人の金を管理するのは容易ではないからやらない」という意見。私も同じ考えだったのでこれはスルーしました。
 何年か前に、成年後見人になった弁護士が、罪を犯して新聞に報道されていたのを目にしました。こんなのを見聞きするにつけ、関与しなくてよかったと思ったものです。

 さて社労士ではなくなった以上、「特定社労士のボヤキ日記」という弊ブログのタイトル、変えなければならないかと考えていました。「無為徒食老人の日記」というのも何か自虐にすぎる気もします。いま結構忙しいので、ありきたりすぎですが、とりあえず「元特定社労士の……」ということでお茶を濁しておきたい。
 1ヵ月か2ヵ月のうちにタイトルを決めて続けるか、やめるか、考えてみたいと思います。ご猶予ください。

社労士会・行政書士会を退会、少しずつ「終活」の実行を!!

 28日、さいたま市浦和区の埼玉県社会保険労務士会と同行政書士会を訪ね、社労士、行政書士の登録抹消申請(届出)書と退会届を提出してきました。
 前もって両会に電話をかけて、退会に必要な書類とかつて支給された証票、会員証、職務上請求用紙など返却しなければならない書類等について、現物が紛失している場合の届け用紙などの送付を頼んだ。

 社労士会から提出書類と返却物一覧、返却物紛失の場合に提出する書面が送られてきました。さっそく退会届、登録抹消申請書等を記入したが、返却すべき書類等はすべて揃っていたので一安心。
 行政書士会からも、「廃業(退会)届に必要な書類」として提出書類と返却物等の一覧を送ってきましたが、返却物が紛失した場合に提出する書類が届いていない。行政書士会に返却する書類等は、どこへ行ったか不明のものが多かった。

 封書でやり取りするのも面倒なのでこの日、社労士・行政書士の両埼玉会がある浦和まで足を運び、不足書類はその場で作成しようと考えたのです。
 社労士会はすべての書類等が揃っていたので、退会の手続きは5分もかからず終了しました。

 行政書士会への返却書類等で、揃えることができなかったもので、いちばん面倒だったのが職務上請求用紙。これは他人の戸籍謄本や住民票も請求できる書類です。かつて他支部の行政書士会員が、この書類を利用したい業者(興信所だったか、記憶が定かではありません)に高額で売り渡して、逮捕された事件もありました。
 ほかの返却物が不明でも紛失届を書いて終わりですが、職務上請求用紙の紛失は始末書を書かされる。社労士も独自の職務上請求用紙を利用しますが、こちらはきちんとありました。

 入会も退会も、社労士会と行政書士会は似た仕組みなのですが、社会保険労務士登録証は退会時に返却不要、行政書士会は要返却。おかしいですね。
 私の場合は平成6年に登録、令和元年に退会。登録した事実は変わらないわけですから、登録抹消申請と退会届を提出すれば済むはずだと思うのですが。
 もちろん再び登録することはありませんので、登録証に未練があるわけではありません。
 そういえば私が特定社会保険労務士試験に合格した折、たしか時の厚生労働大臣の認定証が郵送されてきた記憶があります(うろ覚え)。ただその時目にしただけで、今回調べた中でも出てこなかった。「受からないだろう」と思われるのが癪だから受けただけの試験なので、あんまり執着がなかったのかもしれません。

 10年ほど前でしょうか、私は「終活」の一環として、妻に対する公正証書遺言を作成しました。今回の退会手続きも、終活の一環と考えています。ご存知の通り、終活とは自らの人生の終焉に向けた活動のことです。身の回りの生前整理、遺言の準備、相続、墓の問題などがあります。
 2010年の「ユーキャン新語・流行語大賞」にノミネートされたことをきっかけに、「終活」という言葉が世間一般に広く知られ、人々の関心が高まるようになったそうです。

 死後に向けた事前準備だけではなく、人生の終焉を考えることが今を生きることにもつながるのか? 終活を意識して準備していくことで、「成り行き」のままの余生ではなく、少しでも軌道修正ができるのではないかと私は考えています。


二十一日登録証

登録証1
今回、社労士会と行政書士会を退会しました

行政書士会支部の暑気払いに参加、今や組織も大きく盛り上がる

 7日午後6時から、行政書士会東入間支部の暑気払いに参加しました。私が所属している支部は埼玉県富士見市、ふじみ野市、三芳町(入間郡)の2市1町をカバーしています。
 そんな事情から、集会がふじみ野市で行われる時はふじみ野市長に、富士見市の時は富士見市長に来会していただいているようです。この日は鶴瀬駅に近い和食料理の店。ここは富士見市ですので、この日は富士見市長が来られて、最後まで付き合ってくださった。

 私が入会した20数年前、当時の支部の所属会員は30名程度だったと記憶しています。そのころ、入会はしたものの、年に何回かの集会では年長の役員がそっくり返っているだけで、行政書士の勉強会もない。そのうち集会に出なくなる人たちが多かったように思います。
 やがて新しく入会した若い人たちの中で、勉強会を発足させようという話が持ち上がった。ちょうど古参幹部が入れ替わる時期とも重なり、あとに残ったメンバーに彼らを応援しようという機運が出てきていたと思います。

 若い人たちが「実務研究会」と名付けた会を立ち上げ、実務に役立つ勉強をしようという動きが始まった。何とか彼らのたすけになりたいと考えた私は、第1回実務研究会で「相続問題」の講師を買って出た。
 その東入間支部が、今は登録人数も70余名になったとか。弱小支部が、埼玉県で有数の支部に成長した。「後生畏るべし」と言いますが、若い人たちの情熱には目を見張るものがあります。

 私はメールの送受信にはPCを使っています。スマホは電話と写真専用です。昔からメールにはPCを使用していましたから、ガラケーからスマホにかわってもメールはそのままでした。
 当日昼間、支部長から「村岡先生の参加が白紙になっているようなので、驚いて電話しました」と。私はいつの間にかPCのメールチェックがおろそかになっていたのです。暑気払いの集まりは気が付かなかった。

 「9月いっぱいで社労士も行政書士もやめようと思うので今日、参加して皆さんに挨拶したい」
 突然の話に支部長も驚いていましたが、「そういう事情でしたら、ぜひ皆さんにお話ししてほしい」ということになった。
 会員へ別れの挨拶も済ませ会が終わった別れぎわ、大勢が「やめても事務所に顔を出してください」と、握手を求めてくれたのは感動でした。

 実は埼玉県社労士会、埼玉県行政書士には、まだ退会の手続きを進めていません。盆休みが終わったころに、手続きを始めようと考えています。どちらを先にするべきか私は知りませんが、月を単位に考えると同時進行になるのでしょうか。

行政書士東入間33

行政書士東入間22

行政書士東入間11
熱気漲る埼玉県行政書士会東入間支部の暑気払い。上の写真は
挨拶に立った富士見市市長