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有馬温泉の銀水荘兆楽、旨い食事と心配りに女将の教育が覗く

 3日は有馬温泉で泊まりました。姫路から新神戸まで新幹線、新神戸から私鉄を乗り継いで有馬温泉駅まで、出発から1時間もかからずに到着しました。宿泊は和風旅館の銀水荘兆楽です。

 旅館に電話をかけると、駅まですぐに車で迎えに来てくれた。ところが妻が「有馬温泉の街を少し楽しんでみたい」というと、迎えの人が「よろしければ荷物だけ旅館にお運びしておきましょうか。街を見終わったら電話してください。迎えに来ますから」と。全く億劫がる様子はなく、“心から”の親切が感じられる言葉でした。

 チェックインの対応から、部屋への案内も申し分がなかった。駅で預けた荷物も、きちっと部屋に運び込まれていた。こう書くのは、細かいことをチェックしてあら捜しをしようという意図ではありません。経営者の教育方針が垣間見える気がしたからです。
 夕食は正月風の懐石料理、各自の手元に置かれた「おしながき」にしたがって部屋係の女性が運び、料理の内容を説明してくれる。目配り、気配り、心配りがみごとです。

 食事はすべて部屋出しです。私は食事処もいいと思いますが、この旅館の方針らしい。食事がうまい、味付けが素晴らしいのです。
 酒と料理を楽しんでいると、女将が挨拶にやって来ました。数をこなすため通りいっぺんの挨拶で退出するのではなく、かといって長居するわけではない。その呼吸がいいのですね。
 なるほど、この女将の教育方針が従業員に徹底していたのか。あまりに見事だったので、スマホで検索してみました。すると、兆楽の女将にインタビューした記事が出てきました。

 「京阪神の奥座敷として知られる有馬温泉。大阪・神戸どちらからも車や列車で一時間かからないで到着できる情緒あふれる温泉街。ここに心優しい女将さんが営む宿がある。
 銀水荘 兆楽。創業90年、三代目の女将である當谷泰子さんが、スタッフとお客さまを心から大切に思って接することで、常連さんから愛される繁盛旅館になっている」。

 「その人が、自分の仕事が好きかどうかは、次の問い掛けでおおよそ分かる。(中略)
 女将さんにも聞いてみた。『お孫さんが、この旅館で働いてみたいと言って来たらどうしますか』と。
 すると女将さんは、次のように即答された。
 『勧めます。人との調和、立ち居振る舞いや礼儀作法、さらには辛抱強さも覚えますから』」。

 女将が挨拶に来られた時、その3時間ほど前、大風呂へ行く途中、廊下ですれ違った人だと気付きました。和服に替える前の洋服姿でした。廊下で私と会った時、少し横へそれて会釈をし、「いらっしゃいませ」と声をかけてきた。仕事に就く前の従業員だと思って、よくしつけられている、と感心したものです。

 翌日チェックアウトの後、妻や倅がロープウェーで六甲山頂駅まで行きたいと言い出した。フロントで精算した後相談すると、「六甲有馬ロープウェーの駅までお送りします。そこから山頂駅までロープウェーで行けます。荷物もお預かりしますよ」と。
 ドライバーもとても親切で、「山頂駅から戻るロープウェーの時間が決まったら電話ください。迎えに来ますから」。

 帰りはロープウェーの駅から電車の有馬温泉駅のそばを通って旅館に戻ることになります。駅が近づくとドライバーから提案がありました。
 「宿まで戻らなくても、駅で少し待っていただければ、お預かりした荷物をもって急いで戻ってきますよ」
 言葉に甘えて駅で待っていると、15分ほどして荷物を届けに戻ってきてくれた。

 何から何まで十二分に行き届いた対応でした。
 もし知人から「有馬温泉でいい宿を知っていますか」と聞かれたら、躊躇わず「銀水荘兆楽」の名を挙げるでしょう。

 ここ5年ぐらいの間に、3回有馬温泉に行きました。前回は「古泉閣」、その前が「エクシブ・有馬離宮」でした。古泉閣もよかった。有馬離宮は部屋の豪華さは格別でした。しかし総合点では銀水荘兆楽に軍配が上がるでしょうか。


有馬温泉2019年1

有馬温泉2019年2

有馬温泉2019年3
銀水荘 兆楽。和風のエントランスが続く

有馬温泉2019年4
六甲山頂から神戸市街を望む

有馬温泉2019年5
ロープウェーの帰途、前方右下に有馬温泉街が見える

姫路城の凄さを改めて確認、ただケサランパサランを見られず残念!

 1月2日から4日まで、姫路と有馬温泉へ行ってきました。各1泊ずつの旅でしたが、姫路と有馬温泉は近いので、それほどせわしい旅行ではありませんでした。同行したのは妻と倅です。

 姫路へ行った目的は? 私にとっては、ケサランパサランが姫路市立動物園で飼育されているという情報を得たので、ぜひ実物を見たかった。また、姫路にいる姪に会いたいということもありました。
 私はこれまでケサランパサランを、写真や動画(テレビも含む)でしか見たことがありません。皆さんご存知と思いますが、これは江戸時代からの民間伝承による謎の生き物とされる物体です。そういうと、すぐに思い出されるのが「ツチノコ」です。ただツチノコと違って写真はいくらもありますし、公共の機関で飼育しているとなると、インチキなものとも思えない。ということから興味をひかれたのです。
 これは綿毛のように白くフワフワと空中を浮遊しているのが特徴だという。その正体としては、たんぽぽの綿毛など植物由来、ウサギの体毛など動物性というもの、また昆虫(雪虫、アオバハゴロモの幼虫)など諸説あるようですが、明らかにされていません。

 いっぽう、妻が姫路へ行きたかったのは、倅に姫路城を見せてやりたいという思いからでした。また私の姪に会いたいという気持ちもあったようです。
 姫路市は私の故郷です。そこは飾磨郡に含まれる島嶼だったのですが、現在は姫路市に合併されています。私は数年前の姫路城「平成の大改修」はもちろんですが、その50年前の「昭和の大改修」もよく知っています。
 8年前、妻が脳出血で倒れて退院した後、一度、姫路城を見せておきたいと思って連れて行きました。妻はあまりに堅固で秀麗な姿に感動して、その後、今回を含めて5回ぐらい行っております。

 「これまで見たお城とは別物だね」、これが最初の妻のひと言でした。
 今回も、「天守閣も4つあるし…」という私の言葉に、信じられないようすでした。私は何気なく言ったのですが、天守閣は1つと思い込んでいたのですね。5重6階の大天守と3つの小天守が渡櫓(わたりやぐら)でつながっています。3つの小天守とは東と西の小天守、乾小天守です。そういえば、連立天守のお城は少ないし、4つもあるのはさらに少ないかもわかりません。
 幾重にも重なる屋根、千鳥破風(はふ)や唐(から)破風が、白漆喰総塗籠造(しろしっくいそうぬりごめつくり)の外装と相まって、華やかな構成美を造り出しています。その美しさから別名、白鷺城(しらさぎじょう)といわれます。地元の人たちは、「はくろじょう」と発音する人も多い。

 姫路城の話をすると、「所詮、お城でしょう。ずいぶん執着しますね」という人もいます。おそらく「そんなお城」しか見ていないからでしょう。残念!!
 その敷地の広さも桁外れ。確か日本の城では2番目ぐらいでしょうか。
 内曲輪(うちぐるわ)以内の面積は23ヘクタール(約7万坪)。また外曲輪(そとぐるわ)以内の面積は233ヘクタール(約70万6千坪)。内曲輪の面積を甲子園球場のグラウンド部分(1万4700平方メートル)と比較すると、約16倍になるという。
 何より国宝であり、日本で初めて世界遺産に登録された建物です。国宝の絵画などは、何回でも見たくなるのではありませんか?

 案にたがわず、倅も驚き感動していました。
 ただ心残りは、姫路動物園が改修のため2月15日まで休園です。ケサランパサランを見ることができなかった。残念です。インターネットで調べて、元旦は休みだが2日はやっていると思ったのですが。
 しかし今回の姫路行き、姪が(会えたことを)喜んでくれたのがうれしかった。

 私らの宿泊はホテル日航姫路、JR姫路駅から1分、駅のすぐ前にあるシティホテルです。その下が地下鉄の駅にもなっています。便利なので、このところ姫路へ行き始めてからの定宿(じょうやど)にしているホテルです。
 ここの15階には、「夜間飛行」というしゃれた名前のバーラウンジがあります。ライトアップされた夜の姫路城が真正面に見える最高のロケーションです。私ら 3人と姪の親子で5人、駅裏の店で飲食のあと、ここで仕上げです。
 次回は有馬温泉について書きたいと思います。つたない文章で申し訳ありません。


姫路2019年2

姫路2019年3
国宝・姫路城。日本初の世界遺産でもあります

姫路2019年1
いつも宿泊するホテル日航姫路、JR姫路駅から1分です
(写真はホテルの公式HPから)

姫路2019年4
バーラウンジ「夜間飛
行」の窓から見るライ
トアップした姫路城

日本のODAを素直に喜ぶ親日国、若い力溢れるベトナムの未来に期待

 (前回の続き)
 ともかくベトナムはバイクが多い。以前ホーチミンを訪れた時は驚きました。昼間はもちろんですが、夜も走り回っている。ことに目的もなさそうなのです。
 宿泊ホテルの前が大きなロータリーになっていたのですが、そこを4列にも5列にもなりながら、若い子らのバイクが疾走しているのです。ほとんどが恋人らしい女性を後ろに乗せている。

 それを見て私の頭に浮かんだのは、水族館で円筒形をしたアクリルの水槽の中を、竜巻のように回りながら群れをなして泳いでいるイワシの大群でした。
 「彼らはどうして同じところを回っているのか」。私はガイドに聞きました。理由は、ホーチミンは夜になっても暑い。ほとんどの家庭にはクーラーがないが、バイクで走っていると涼しいからだというのです。

 ハノイもホーチミンに負けないぐらいバイクも車も多い。道路を横断するのが大ごとです。信号がほとんどない地区が多いし、あっても何百メートルも歩かなければならないからそんなことをする人はいない。
 ではどうやって横断するのか。クルマの洪水の中を、「左右を見ながらゆっくり渡る」のです。すると車が止まってくれる。急いで渡ると止まるのが間に合わないから轢かれてしまう、というわけです。夜は不安ではないのかね?

 道路に横断歩道のペインティングがあっても効果はない。たまたま信号のある交差点でも、バイクは赤信号でスピードを上げて中に入り、他の車両の様子を見ながら進む。
 現地係員のHさんは、「法律は有るけど、皆が違反するから守る人はいない」と笑っていました。

 ベトナムは正式国名からわかるように社会主義国です。すでに社会主義と資本主義は勝負あったと思っている私には、いまだに社会主義に拘泥する意味が分からない。しかしこの国、現在は経済に大変力を入れているらしい。
 かつて鄧小平が「黒い猫でも、白い猫でも、鼠を捕るのが良い猫だ」と発言をしたのは有名です。社会主義国でも資本主義の分野に進出して、経済活動に力を入れていく。それでいいのかもしれない。

 今ベトナムには若い力がみなぎっています。この国の将来を示唆するようです。中国に延々と支配され、フランスにも100年植民地にされた。しかしそこからは恨み節は全く聞こえてこない。
 国家が立ち行かなくなり、100万人の署名を集めて合邦を請願しながら、100年経って「植民地にされた。賠償せよ」とごね得をたくらむ国とは何たる違いか。

 車で大きな橋を通過するとき、Hさんは「立派な橋でしょう。日本のODA(政府開発援助)で造ってもらいました」と喜んで語っていました。べトナム国民はみんな親日的だ、とも言っておりました。アジアにはこういう国が多いのです。
 一方うその上塗りを重ねて、日本の信用を落とすことに喜びを見出すような輩とは、なるべく交流を持たないことが大事でしょうね。(終わり)

ハノイ333016

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小さな島にある巨大な鍾乳洞。島自体も桂林と同じく
石灰岩で成り立っているようなので、鍾乳洞が多いか
もわかりませんね

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穏やかなハロン湾の夜明け

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海の桂林という表現がドンピシャでは?

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ハロン湾でいちばん大きいカットバ島、唯一の診
療所もあるそうです

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ハノイ777004
道にあふれるバイクをご覧ください。実態はこんなも
のではありません

台風騒ぎは何だったのか! 出航と同時に雲が切れて一天晴れ渡る

 (前回の続き)
 ハノイ滞在中はもちろんですが、現地係員のHさんは3日間のクルーズにも乗船。自分のキャビンナンバーを知らせて常時連絡がつくようにしているのです。
 運転手はハロン湾そばのホテルで待機、いつでも車を出せる準備をしておくらしい。スルーガイドというそうです。旅行社によって呼び方は違うかもわかりませんが、昨年の台湾旅行と同じ方法です。

 ハノイに1泊した翌日、車でハロン湾に向かいました。途中、小休止をとって約3時間半。後半の1時間ほどは豪雨と言っていいほど激しい雨になった。一時的なスコールかは私らには分からない。クルーズ参加者が集まった待合所から乗船する時に、係員から全員にかっぱが手渡されました。
 ところが船に向かって歩き始めると、雨がやんでしまつたのです。このあとは降ったりやんだりで、日が射す時間もかなりありました。私らが水上生活者の集落を訪ね、現地の女性が漕ぐ小舟に乗って遊覧していたときなどは、絶対に降らなかったのが不思議です。

 乗船客はたしか26人でした、それに対して船の乗組スタッフは船長以下46人です。甲板に集めたスタッフ全員から自己紹介を受けました。これでコストパフォーマンスが成り立つとは大きな驚きです。
 ハロン湾には2千余の島や岩があるそうです。夜の帳(とばり)が降りようとするころ、私は船のデッキでビールを味わっていました。島影の雲が赤く染まり、暮れ泥(なず)まんとする中にいると、無骨な老生もつい感傷的な気分に浸ってしまいます。

 現実的な話に戻りますが、このクルーズの参加者は妻と私、Hさん以外は全員が年配の白人でした。彼らが何事にも積極的に参加して、楽しもうという姿勢は見上げたものです。
 前日、春巻の作り方の講習がありました。そのあと3人の女性に呼びかけ、作り方を競わせた。誰がいちばん早く、美しく作れるかというのです。続いて男性。
 女性の勝者、男性の勝者にもう1人を参加させ、3人でチャンピオンを決めるという。そのもう1人に妻が選ばれました。白人以外の女性で珍しかったのでしょうか。

 調理台の前に3人が揃う。最後に競うのは、なんと片手で春巻をまくのだという。合図とともに開始。いちばん早かったのが妻。そのあとは女性、男性の順。出来上がった作品?を順次全員に示し早さ、出来上がりの美しさで挙手を求めた。やはり妻がトップだった。

 「ユー、チャンピオン!」
 女性に対しては「コングラチュレィションズ」とは言わないと聞いたことがあります。ことに結婚式では法度だとか。
 この夜は前日の春巻製作競争?の表彰式をやるらしい。妻の名前が呼ばれた。招かれて進み出ると、何とかシェフ?の認定証と帽子、エプロンの授与です。
 エプロンを着け白く長い帽子を被らされた妻が、認定証を高くかざすと皆が本気で盛り上げるのです。単純なようですが、年をとったらそれでいいのでしょう。

 この日の昼間、希望者はシーカヤックをやった。転覆してずぶ濡れになっては敵わない。私は参加を断りました。
 ところが白人は年も顧みず?参加する者が多かった。ずぶ濡れを想定してか、女性もTシャツ、短パン、ビーチサンダルです。カヤックの扱いはなかなか上手で転覆しない。やがてパドル(かい)で水をかけあって騒いでいた。楽しむことには実に貪欲な人種ですね。(続く)

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キャビンの窓から。開けるとバルコニーになっています。これから
2泊3日のクルーズの始まりです

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クルーズは昼食から始まりました。旅行に
出ると、つい飲み食いが過ぎる

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台風で大荒れと思っていましたが、湾内はベタ凪です

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水上生活者の集落。 ハロン湾の水上で生まれ、生涯を 終える人たち
です。最近は政府の規制が厳しく、陸上に家を与えて移住させつつあ
るという

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夕闇迫るハロン湾、台風騒ぎは何だっだのか?

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ベトナム・ハノイへ6日間の旅、「海の桂林」ハロン湾をクルーズ

 9月17日から22日までの6日間、ベトナム・ハノイを旅行しました。10余年前に友人とホーチミンへ行ったことがありますが、今回はハノイに近いハロン湾でのクルーズが主目的で、妻との2人旅です。

 ところで私が帰国する前日、驚くことがありました。21日午前10時、ベトナムの大統領(国家元首)が亡くなったという。62歳だそうです。私がハノイから日本に向けて飛び立ったのは22日0時35分ですから、帰国する当日の出来事と言ってもいいでしょう。今年5月には国賓として来日した方です。御冥福をお祈りします。

 旅の話の続きです。ベトナムは南北が2000キロにも及ぶ細長い国。ホーチミンが常夏なのに比べ、1800キロも北に位置するハノイには四季があります。
 ご存知のようにハロン湾は世界遺産に登録された景勝の地。2千余の島や奇岩を擁する風景は、「海の桂林」といわれる景勝です。
 このハロン湾クルーズ、実は3年ほど前に旅行代理店に申し込みました。費用の全額を払い込み出発を待っていた時、新しく世話になることが決まった泌尿器科医に前立腺肥大の手術を急ぐといわれ、「旅先きで尿閉になったら大ごとだ」との警告に従って、急きょ取りやめたのです。

 今回の旅行も3ヵ月前には申し込み、すべてをすませて当日を待っていました。フライトが朝10時ですので、8時には旅行社の空港カウンターで搭乗券を受け取り、出国手続きをすませるつもりでした。
 朝が早いため成田で前泊です。空港の敷地内にある唯一のホテル、「成田エアポートレストハウス」が確保できました。部屋が広く掃除が行き届き、好感がもてるホテルです。朝は空港のターミナルへ、30分間隔でシャトルバスを出しています。所要時間はわずか5分。

 老夫婦の旅行です。前回の台湾一周旅行から、飛行機はビジネスクラスと決めたのが正解でした。この日もエコノミーは長い列ができていましたが、私らは受付カウンターでも待たずに手続きができました。保安検査場(ボディサーチ)も別の入り口から行けます。出国審査を受けるとその足でラウンジへ向かいました。

 成田空港には今回利用するベトナム航空のラウンジがないので、デルタ航空を利用させてもらいました。そこでビールを飲み始めてほっと一安心、飛行機が飛ぶという実感を得ることができたのです。
 実は台風22号が猛烈な規模でハノイを襲うという気象情報でした。成田を飛び立ってもハノイに着陸できないのではないか。まして台風の影響で波浪が高く、ハロン湾では船が出航できないだろう、というのが心懸かりでした。

 2日前には、まだ飛ぶかわからない状況。旅行代理店の担当者の話では、最悪の場合は飛ぶかどうか当日空港で決まることもあるという。
 妻は「せっかく休みをとったんだから、外国がだめならデラックスな国内旅行にしよう」と鹿児島の雅叙苑や、和倉温泉の加賀屋を検討しはじめた。加賀屋は17・18の両日、スイートルームが空いているというのです。

 「今キャンセルしても2割ほどしか返金にならない。催行中止となれば後日、全額返金になるはずだから、ハロン湾クルーズの最終方針が決まってから国内のことを決めよう」
 私の話に、妻も納得したようです。ですから、出国審査を終えた時はほっとしたというのが正直な気持ちでした。
 飛行機は約1時間半遅れで出発です。遅れた理由は、中国の飛行機が何機か上空で待機しているからという理由でした。

 ハノイ・ノイバイ空港にはおよそ1時間半遅れで到着。出迎えた現地係員Hさんの話ではフィリピン、マカオ、香港に大きな被害をもたらした台風22号は、急きょ北へ進路を変えてハノイを外れたというのです。
 この日の宿泊はホテル・ニッコーハノイ。日系ホテルのほうが、なにかと便利かとここに決めました。私ら夫婦2人のベトナム滞在中は、現地係員のHさんと運転手が通して世話をしてくれます。(続く)

ハノイ111001

ハノイ111003

ハノイ111002
成田にはベトナム航空のラウンジがないので、同じスカイチーム
のデルタ航空のラウンジを利用。アルコールはビール、ワイン、
シャンパンなどなんでもあります

ハノイ111005
ベトナム航空の朝食。和食を頼んだがこれ
は前菜です。この後メインが出てきます

ハノイ333001
ニッコーハノイのロビー、結構広々としています
プロフィール

村 岡 長 治

Author:村 岡 長 治
出自:兵庫県姫路市
現在:埼玉県富士見市
仕事:特定社会保険労務士、行政書士

筑波大学付属駒場高等学校卒業後、早稲田大学理工学部に学ぶが、家業を継ぐため学業途上で帰郷。
現在、川越・ふじみ野・富士見方面で、社会保険労務士・行政書士業をやっています。

「村岡労務行政事務所」のホームページもご覧ください。

両士業の支部内で、勉強会などを持てるといいと思っています。信頼できる同志との連携を深めたい。

お客様とは互いに信頼でき、長続きする関係を築いて行きたい。

趣味は酒、旅行、絵画・音楽・書の鑑賞など。子供たちも独立して、いまは夫婦2人です。

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