絢爛の文化は殷、隋、唐、元、清など、“中国5000年” は外来民族の王朝

 習近平氏は「中華民族は5000年以上の歴史を持つ」という。これは、ユーラシア大陸を舞台にする民族の興亡史をひとからげにして、「中華人民共和国の歴史」という荒唐無稽な言い分に過ぎない。何が抗日戦争勝利なのだ。まやかしもいい加減にしなければいけない。
 さて、日清戦争に日本が勝利した後、毎年1万人余が中国から日本に留学した。彼らは2000余年の日本の由緒ある歴史に感動し、次々と王朝が取って代わる易姓革命を糊塗すべく、我々も「3000年の歴史がある」などと言い始めた。それが4000年になり、今や習近平によって「5000年」という大ぼらに変化した(3000年も大ぼらではあるが…)。

 さらに「中華民族の偉大な復興の実現」というが、偉大な復興というからには偉大な繁栄があったはずだ。それはいつか。今の中国(中華人民共和国)にそんな歴史は存在しない。
 「中華民族」というが、そもそもそんな民族は存在しなかった。中華民族という用語は一つには中華民国、中華人民共和国の国籍を持つ全ての文化的集団(エスニック・グループ)を統合した政治的概念だ。要は中国共産党が、自分らの領土だというところの民族を指しているようだ。

 契丹人も女真人(後の満州人)もモンゴル人も、間違いなく異民族でしょう。そのうえ(今の)中国の侵略者であったジンギスカンを、中華民族の偉大な祖先にまつりあげている。なぜここまで捏造するのか。異民族の清やモンゴルの全ての領土を中国の「固有の領土」であると主張できるからです。
 中華民族とは漢民族を中心とした民族です。蒙古族、チベット族、ウイグル族などもその中に含むとしています。

 しかし大陸で絢爛の文化を生んだのは殷、隋、唐、元、清などでした。いずれも外来の民族が建てた王朝ではありませんか。いわゆる中華民族の祖先ではない。漢民族はその間、漢や明を建てたのみだった。
 中華民族の偉大な復興というが、漢民族はノーベル平和賞を受賞した劉暁波を死なせ、中共時代を見てもわかる通りあらゆる悪事を働いてきた。こんな連中の「偉大な復興」など、誰もが願い下げでしょう。

 話が長くなってしまいました、私の悪い癖です。当初、言わんとしたのは世界でいちばん古い国はどこか、ということでした。ケント・ギルバート氏が「儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇」と題した著書の中でこんなことを書いていました。
 国家の成立を断定するのは困難な面もあるが、アメリカの情報機関CIA(中央情報局)が毎年発刊する「ザ・ワールド・ファクトブック」には、世界268の国家や属領、その他の地球の諸情報の一つとして、国家の成立時期が記載されています。そのなかで、成立時から現在まで一度も滅ぶことなく継続している「世界最古の独立国家」は実は日本です、と。

 今年は皇紀(神武天皇即位から)2677年にあたると前回書きました。神武天皇実在説、9代の開化天皇までは神話の世界、あるいは15代の応神天皇からが実在の天皇だなど様々な学説があるようですが、いずれにしても日本こそ世界最古の独立国家であることは明らかです。
 現中国が5000年などと詐称するするのを見てもわかる通り、彼らは正当な歴史や伝統がうらやましいのです。日本が世界最古の国家として、断絶することなく現在に至るまで繁栄している意義を、どうか日本人として誇りを持って噛みしめていただきたいと思います。(おわり)

世界一古い独立国家は日本、易姓革命を繰り返す中国に国家の継続はない

 突然ですが、世界で一番「古い国」はどこか知っていらっしゃいますか。ほとんどの方がご存知だと思いますが、それは日本なのです。
 日本書紀に記されている神武天皇(初代天皇)即位の年を皇紀元年とするのが戦前戦後を通じて日本政府の一貫した公式見解です。皇紀は西暦より660年前に始まり、今年は皇紀2677年にあたります。
 いうまでもありませんが、西暦はイエス・キリストが誕生したとされる年を元年としています。

 こういう話をしていると、もう7~8年前になるでしょうか、酒の席でしたが知人と何度か話したことが思い出されます。彼は世界で一番古い歴史がある国は「中国」だというのです。
 今の中国は一つの国のように考えられているが、実は50以上の民族で成り立っている。昔は広いユーラシア大陸の東側で、ある民族が滅ぼされ、滅ぼした民族が王朝を建設する。そんなことを繰り返してきたもので、国家としての連続は全くなかった。断絶、また断絶です。これを易姓革命と言います。

 日本は島国で単一民族ですから、織田信長が天下を取ろうと、豊臣秀吉の代になろうと、あくまで大和民族の中での問題です。朝廷は神武天皇以来今日まで続いている。
 いや、日本にもアイヌ民族がいる、という人がいるかもしれない。しかしアイヌはごく少数でもあり、天下を取ってきた実績もないから、日本国の存続には関係がない。もちろん日本人ですので、ここでは省くことを了解していただきたい。
 中国は例えば夏の王朝は殷に滅ぼされた。殷は周の武王に敗れた。春秋時代、戦国時代も多くの国が勃興し、同じ数だけ滅亡した。酒席で何度か話した彼が言いました。やっぱり中国は続いていると思う…と。理屈ではないのですね。心情的にそう思いたいのでしょうか。「不学論に負けず」とはよく言ったものです。

 なぜこんなことを改めて書こうとしたのか。実は以前にも少し触れたことがありますが、2年前に北京で開催された「抗日戦争勝利70年を記念する式典」で、習近平国家主席がとんでもない抗日史観を発表したのち、「中華民族の偉大な復興の実現は、一代、そしてまた一代の人々の努力が必要だ。中華民族は5000年以上の歴史を持つ光り輝く文明を創造した」と発表した。
 まことに日本を貶め、自らを荒唐無稽な国家感で誉めそやす。日本人ならこんな与太話に惑わされないでしょうが、若い方たちに改めて彼らの欺瞞と傲慢さを心に染めていただきたいのです。

 習氏は「中華民族は5000年以上の歴史を持つ」というが、それは決して中華民族の歴史ではない。ユーラシア大陸の種々の民族が、そこを舞台に繰り広げた興亡史に過ぎない。異なる国家の歴史を集めて、中華民族5000年の歴史といっている。
 今大戦では中華民国を破り、中共(中国共産党)を中華人民共和国と呼称し、周囲の弱小国を併呑してきた。それを周囲に押し付け、中華民国(蒋介石の国民政府)の正当後継国と詐称して国連の五大国に入ったのです。
 どこが抗日戦争勝利なのか。日本の若人は中国のまやかしをしっかり見抜いていただきたいと思います。(つづく)

特別天然記念物・屋久杉での彫り物や土産物の制作は許されるのか?

 今日は屋久杉(やくすぎ)について、いささか書いてみたいと思います。
 屋久島で育った杉はすべて屋久杉か。それでは屋久島に杉を植林したら、それは屋久杉といえるのか。また、屋久杉は特別天然記念物に指定されている。彫り物や土産物など販売されているが、その制作は許されるのか。屋久杉で製作された仏壇なども販売されているではないか。私の疑問を地元のガイドに聞きました。

 屋久杉は、屋久島の標高600メートル(ウィキペディアには500メートル以上とあるが…)から1700メートルの山地に自生する杉で、樹齢1000年以上のものを指すそうです。樹齢1000年未満のものを小杉(こすぎ)と呼び、屋久島で比較的低地に植林された杉を地杉(じすぎ)という。地杉は樹齢100年以内の小杉を指す語として用いられることもあるらしい。
 一般に、杉の樹齢は長くても500年程度といわれるそうですが、屋久杉は桁外れに長い。例えば縄文杉は7200年、大王杉や紀元杉は3000年といわれます。島自体が花崗岩でできているため、花崗岩の上に生える屋久杉は成長が遅く木目が詰まっている。また島は降雨が多く湿度が高いため、樹脂分が多く腐りにくい特徴を持つという。

 岡崎製材株式会社(愛知県)が実際に屋久杉の年輪を計った結果が同社のサイトにありました。ある屋久杉の切り口を計ると1センチの幅に20の年輪があった。すなわち1年で0.5ミリしか成長していない。木の太さは直径ですから、1年の成長は1ミリですね。
 別の複雑な木目(杢)がでている屋久杉の断面を計ると、11センチ幅の中に44本の年輪があった。これは1年間に0.25ミリしか成長しないということです。

 さらに木の成長については、陽の当たりにくい樹林の中と、陽当たりの良い場所では大きな差が出ます。同じ木でも、1000年もの長い間には周りの樹木が台風で倒れたり、人に伐採されたりして条件が変わると陽当りも変化する。それが年輪に反映され、内地杉のように粗いところと細かいところが交互に現われることもあるというのです。

 屋久杉は特別天然記念物に指定されています。屋久杉の彫り物や土産物などが出回るのはどうしてなのか、というのが私の疑問でした。この加工に使われている屋久杉は土埋木(どまいぼく)と呼ばれるものだそうです。
 昔、伐採したものの、製材に適さないとして放置された樹木。伐採の跡の切り株や台風などによる倒木。これらを土埋木(どまいぼく)といって、入札が行われているそうです。一本の土埋木で高級外車数台分の値が付くこともあると聞きました。これで長年(?)の疑問は解消しました。


屋久島の杉、栄養の少ない花崗岩の上に生えるため、成長が遅い
屋久島の杉は栄養の少ない花崗岩の上に生えるため、成長が
遅い。(写真はウィキペディアより)

倒木6

倒木5
昔、伐採したものの、製材に適さないとして放置された土埋木
(どまいぼく)。これが彫り物や土産物の材料になっています。
屋久杉ランドで撮影

正しい歴史を知ってこそ、青年も祖国・日本を誇れるのです! 

 (前回のつづき)
 日本国の正しい歴史が近隣の国によって歪曲され、日本のメディア、一部の議員や弁護士等がそれに加担している事実を書きました。悪意をもって火のないところに煙を立ててきた輩の悪行をあげつらっても空しい。
 私は若い議員に本当の歴史を知ってほしいし、日本の男女青年一人ひとりが事実を知らなければ、とんだ濡れ衣の苦悩を味わい続けなければならないだろうと恐れています。

 青年が自分らの祖国を誇らしく思えなくて、果たして将来の日本はあるのでしょうか。私が一番恐れることです。若い議員にも日本の歴史を正しく勉強してもらいたい。
 戦後70余年。例えば韓国との慰安婦問題を取り上げても、真実を知っている連中は次々と鬼籍に入って行く。数年前、ソウルの公園で「日本の統治時代はよかった」といった老人が、若者に杖で撲殺される事件があった。

 元朝鮮女性の金額順が、兵隊相手に売春をした報酬の一部を軍票で受け取った。現在使用できないから、日本政府は現金と交換してくれと申し入れた。それがいつの間にか大きな歴史の捏造にとって代わってしまった。しかし彼女ら真実を知っている当事者も、この後10年も20年も健在であるとは言えない。
 韓国の青年は妄言を事実と信じている。今の連中はハングルしか読み書きできない、漢字で書いた歴史書などは読めないのです。
 私が日韓・日中問題を多く書くのは、日本の青年がこのブログに触れ、たった1人でも2人でも、日中・日韓の正しい歴史を学んでくれたら望外の喜びだ、と考えたからでした。

 私には息子と娘がいます。娘の結婚に際しては、「会ってもらいたい人がいる」と青年を連れてきた。事後承諾であったが、本人が責任を持てるなら反対する理由はなかった。かなり前のことでした。
 常に何を考えているかわからない不肖の娘です。ある日、「離婚した。原因はお互いに公表しないことにしているから話せない」という話を持ってきた。
 「本人が良ければよかろう」というのが私の気持ちでした。端的に言えば、「好きにしろ」といったところでしょう。

 ところが1ヵ月ほど前でしたか、その娘がやって来た。はじめは自分のいろんな問題を話していたが、やがて、
 「お父さんが中国や韓国の悪口をブログに書いている。しかし私の知り合いの中国人の大学教授はすごくいい人だよ。韓国人もいい人がいっぱいいる」。
 要は私のブログを責めてきたのです。私は、
 「ブログは個人攻撃をしているのではない。中国・韓国の歴史捏造と、一部日本人の迎合を糺そうとしているのだ。日本人なら日本の正しい歴史を知るべきだろう」と。

 さらに、「お前は〈友達がお父さんのブログを読んで感心し、どうしても会いたいといっていた〉と話していたではないか」というと、「そんな人もいるけど、反感を持ってる人もいる」。
 何かに感化あるいは洗脳されたのでしょう、まったく聞く耳を持たない。「不学、論に負けず」とはよく言ったものだ。話にならないのです。
 「今日は帰れ」
 私も我慢の限界に近づいていた。

 しかし同時に、今のままブログを書いていていいのか? という気持ちはこれまでも少なからずありました。決して娘の言葉に動かされたわけではないが、〈このブログを機に、たとえ1人でも2人でも「日中韓の正しい歴史を学ぼう」と考えた人がいただろうか〉と思うとと、少し虚しい気持ちにもなります。一方通行のブログなので、読んでくださる方の気持ちが分からない。
 娘のように口撃してくる相手には反論しますが、私のやり方を常に是とするほど楽天的になれない。

 「あんまり一生懸命にならず、月に4~5回の更新であっても、ぼつぼつ続けた方がいいのだろうか?」。思案投げ首のこのところです。

「慰安婦問題」「南京事件」など、真実の歴史を学ぼうではありませんか‼

 私がこのブログを開設して7年が経過しました。始めた当時は社会のニュース的な事柄や自分の日常について漠然と書いていましたが、ある時から中国・韓国の問題を書かなければいけないと思い始めた。
 ある時からというのは、決して何月何日からということではありません。中韓の対日政策に、あまりに一方的な悪意を感じたからです。しかも日本の政治家の多くは、日中・日韓間の正当な歴史を知らないのかと思わざるを得ない。いや、勉強する機会はいくらでもあるわけですから、はなから知ろうとしていないのでしょう。

 戦後の第16国会でしたか、「戦後、戦犯と呼ばれてきた人たちを、今後は戦犯と呼ばない」と超党派で議決したにもかかわらず、ある党の議員など進んで、それも国会で、恥ずかしげもなく「A級戦犯を合祀した靖国神社へ首相は参拝した」などと激しく口撃している。自分らの先輩議員が国会で議決したことを、後輩議員たるもの国会の決議も経ず、勝手に破っているのです。
 しかも調べると分ることですが戦後、国会議員(首相を含め)は靖国詣でをしていた。当初、中国から反対などはなかったのです。

 さらにことあるごとに「A級」「A級」と言いたてるが、そもそもA・B・Cというのは罪の重さとは関係ないことを知っているのでしょうか。
 A級戦犯は「平和に対する罪」、B級戦犯は「通例の戦争犯罪」、C級戦犯は「人道に対する罪」。すなわち罪の重さではなく、罪の種類が違うということです。
 ところが戦犯法廷でBC級戦争犯罪として有罪を宣告され処刑された約1000名について、<昭和殉難者>として靖国神社に合祀されていることを問題視する発言は聞こえてこない。どうしてA級とBC級を分けているのか、国会議員が何もわかっていないということではありませんか。

 おまけに朝日新聞や左翼議員が北京政府に対し、「日本の国会議員が、A級戦犯を祀っている靖国詣でをしている。そんなことでいいのか」と焚きつけた。中国は当然「これは外交の材料に使える」と飛びついた。ともかく日本のマスコミや議員が、日本の先達を犯罪者に仕立て、日本を貶めようとしている。信じられますか。
 慰安婦問題は、朝日新聞と吉田清治という詐話師の共作に韓国が飛びついてこんな大問題になった。過般、朝日新聞が「吉田の話は嘘だった」として取り消したが、国際的にそれを周知する努力を全くしない。それどころか訂正後も、慰安婦問題は事実、という前提で書いた記事まで目にする。

 南京虐殺事件(事実はなかった)についても、本多勝一に書かせた「中国の旅」をもとに事件をでっち上げ、今や中国は「歴史上の事実」と位置づけ、梃子でも動かそうとしない。確か「南京虐殺はなかった」などというと、処罰される法律まで制定したでしょう。
 この事件? について、中国の旅には「歴史上まれに見る惨劇が翌年2月上旬まで2ヵ月ほどつづけられ、約30万人が殺された」と。拓殖大学客員教授の藤岡信勝氏はこう書いている。
「この記事は本多氏が中国共産党の案内で取材し、裏付けもなく執筆したもので、犠牲者30万人などは、まったくのデタラメです」

 よくご覧ください。日本国を貶めようとしているのは朝日新聞らの日本のマスコミであり、国会議員であり、それに便乗して利を得ようとする三百代言(弁護士)らなのです。私がよく「獅子身中の虫」といいますが、その実態がお分かりいただけると思います。(つづく)
プロフィール

村 岡 長 治

Author:村 岡 長 治
出自:兵庫県姫路市
現在:埼玉県富士見市
仕事:特定社会保険労務士、行政書士

筑波大学付属駒場高等学校卒業後、早稲田大学理工学部に学ぶが、家業を継ぐため学業途上で帰郷。
現在、川越・ふじみ野・富士見方面で、社会保険労務士・行政書士業をやっています。

「村岡労務行政事務所」のホームページもご覧ください。

両士業の支部内で、勉強会などを持てるといいと思っています。信頼できる同志との連携を深めたい。

お客様とは互いに信頼でき、長続きする関係を築いて行きたい。

趣味は酒、旅行、絵画・音楽・書の鑑賞など。子供たちも独立して、いまは夫婦2人です。

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