FC2ブログ

「自衛隊が合憲の根拠は?」石破氏が防衛大臣(民主)に質問した趣旨

 9月7日付のブログ以来何回か、「自民党総裁になってもらったら困る石破茂元幹事長」について書きました。彼の異常なほどの自虐史観、これから分かることは歴史を正しく学んでいないということです。
 同月22日のブログでは、政界ウォッチャーの永田二郎氏が、WiLL10月号に「これが石破茂だ! 絶対総理にしてはいけない男」と題して寄稿された文章を引用して、彼の破廉恥な政界渡り鳥ぶりにも言及してきました。

 日本獣医師政治連盟から100万円の献金を受け、国家戦略特区担当の地方創生相に就任すると、獣医学部新設が極めて困難となる石破4条件が閣議決定された。獣医師会、獣医師政治連盟の既得権を守るための、獣医学部の新設を阻止する手伝いではないか、ということです。
 獣医学部新設は、これまで愛媛県知事などが十数年にわたって請願してきたが、すべて却下されてきた。やっと念願叶ったというのが、元愛媛県知事の加戸守行氏などの偽らざる気持ちだった。今回、加計学園の獣医学部設立が認められたのは、確か50年ぶりではなかったでしょうか。

 実は、石破氏が北朝鮮による拉致問題を本気で解決する気があるのか書いてみたいと思ったのです(もし自民党総裁になっていたら、真剣に取り組まなければならない問題だったのですから)。
 しかしその前に、かつて彼が衆院予算委員会で得意な(と思っている?)分野に、その問題のド素人を誘い込んで、手玉に取ってもてあそんでいる、みっともない動画を見たことを思い出した。
 とんだ茶番劇ですが、本人はヒーロー気取りなのでしょう。この様子をご存知の方もいらっしゃるでしょうが、石破氏の「性根」を知るうえで面白いかもわからない。彼は自分がかわいくて仕方がないのです。知識のない者を引っ張り出して、逃げ道も与えず、徹底的に痛めつけて満足している。これが、彼の人望のなさに表れているのではないか。その時の様子を少し書いてみたい。

 衆院選を控えた2009年8月、田中直紀・真紀子夫妻は自民党から民主党に移った。その後、第1次野田改造内閣の衆院予算委員会で、新たに入閣した5閣僚に対する質疑が行われた。ことに資質が疑問視されている田中直紀防衛相に質疑です。
 石破茂は軍事オタクとして有名で、国防に関してはかなりうるさい。相手が悪かったとしかいいようがありませんが、石破氏の質面攻めに「私自身、理解していない」などと答えるしかなく、田中直紀はしどろもどろになっていました。

 「憲法についてまず伺いましょう。自衛隊は憲法に全く書いてありませんね。どこを見ても、自衛隊のジの字もありませんね。しかし、ずうっと私どもも含めて、自衛隊は合憲であるというのが政府の立場であります。なぜ合憲というふうに言えますか」
 石破からの自衛隊を合憲とする根拠の問いに、田中は憲法9条1項を棒読みしただけで、それを自衛隊合憲の根拠とするような回答をした。田中はしどろもどろです。明確でなくても答えられたらよかったが、ただオタオタして慌てふためいているさまがなんとも情けない。これが日本の防衛大臣か。
 真紀子女房殿がその様子を知ったなら、涙が枯れるほど泣き叫ぶかと思ったのだが…。

 石破の「憲法9条2項の『芦田修正』が根拠ではないのか」との発言に、田中は、「先生のご知見を拝聴しながらよく理解したい」とかしこまっていた。これを「石破氏が助け舟を出した」と述べるメディアもあったが、果たしてそうだろうか。
 政府は「芦田修正を根拠としない」という立場をとっている。石破がそれを知らないはずはない。田中がうっかり「確かに芦田修正が根拠になっている」と答えたら、「それは政府の考えではないはずだが、なぜそう思うのか」と追い詰めたに違いない。彼の質問には落とし穴が仕掛けてある。
 田中は、自衛隊の法的根拠をこたえられなくて白旗を掲げてしまった。これで石破に肩透かしを食わせてしまった。私の観察ですが、これ以上石破の論法に巻き込まれなくてよかったのではないか。

 それにつけても予算委員会の質疑の内容は、前もって知らされているはずです。2日前などというが、だいたい前夜10時ごろに渡され、各省庁の官僚の徹夜仕事になるという。日が変わって(当日に)渡されることもあるという。
 田中サン、目を通す時間がなかったのかな?
 私は、石破氏には「武士の情けのカケラも持ち合わせてないのか」と田中氏に同情した。非情であるべき武士でも、武士としての名誉や誇りは尊重してやるべきでしょう。野木希典将軍の水市営の会見を思い出したらいい。
 こういう性根だから、石破氏は人望もなく自民党総裁選にも大差で敗れた。そのあと、「選挙は終わった。これからはわだかまりを捨ててこれまで通り進んでいくのが自民党だ」(趣意)と。安倍首相が言うならわかる。敗者がいけしゃあしゃあと言うと、引かれ者の小唄にしか聞こえない。
 石破氏が知らないなら教えてあげましょう。こういう場合は冷や飯を食わされてきた人も大勢いる。それが自民党の歴史です。一般企業における権力争いと変わるところはない。 

恩師を迎え高校の同期会、新宿・小田急ホテルセンチュリーで開催

 11日、高校の同期会に参加しました。会場は毎年のことですが、新宿駅南口の小田急ホテルセンチュリーサザンタワー、21階のパーティールーム。正午開始、午後3時終了の予定です。
 シェフが目の前で牛肉を焼き上げ切り分けてくれる、プレゼンテーションカウンターもあります。眼下には新宿御苑をはじめ一面眺望が広がる絶好のロケーションです。

 筑波大学付属駒場高校は当時、1学年の生徒数は確か100人余だったと思います。今年の同期会の参加者は36名。この1年だけで同期の6人が鬼籍に入ったことを考えると、大勢集まったといえるのではないでしょうか。
 大学が東京教育大学から筑波大学へ変わったのを契機に、本高校も「筑波大学付属駒場高等学校」と改称されました。今は「筑駒」の略称で呼ばれていますが、当時は「教駒」でした。皆、当時の呼称が気に入っているのか、今でも「教駒同期会」と称しています。

 この日、いつものように当時の担任・IS先生が出席されました。開会の前にご挨拶に伺ったらお元気そうでした。ところが挨拶に立たれてのお話の中で、今年どうやらがんの大手術をされ、今は別の病院に入院してリハビリに励んでおられことを知りました。しかしIS先生、確か昨年米寿の祝いをされたはず。今年の満年齢は88歳になられます。
 去年までは2次会にも出席され、酒もかなり召し上がっていた。今年は病院から抜け出してきた、ということでほとんど飲まれず途中退席されたが、お元気ですね。来年また参加して、元気な飲みっぷりを見せていただきたいものです。
 先生が中座された後も何人もがそれぞれ近況を報告し、幹事を務めたKMさんから自動車産業の今日と未来について興味深い話があった。

 同期会の後、同ビル内の韓国料理店で2次会が開かれ、和気あいあいの中に散会した。来年の同期会も同じ11月11日。すでに申し込みも済ませたらしい。年を取ると物忘れをする人も出てくるせいか、去年も今年も来年も同じ日に、同じ会場で開催するらしい。我々の年になると、曜日に拘束されることも少ない。なんでも早く決めておくのが良策ではないかと思いました。しかしあんまり早いと、忘れるということも考えられますが…。難しいところです。

 どうも最近あっちこっちで「個人情報」という単語が飛び回っている。考えると顔がうつっている写真を載せていいのか、名前を出していいかわからない。いちいち了解を取り付けるのも面倒だ。というわけで、とりあえず顔写真は遠慮して、氏名はイニシャルにいたしました。

小田急ホテルセンチュリー
小田急ホテルセンチュリーサザンタワー、
21階のパーティールームで同期会を

江戸時代以降の民間伝承の「生物」、ケサランパサランをご存知ですか?

 皆さんはケサランパサランをご存知ですか。
 実は、私はこれまで写真や動画でしか見たことがありません(テレビで見た記憶があるのですが)。いちど本物を見たいと思っていました。ところが公共の場所で、ケサランパサランを飼育していることを知ったのです。知った以上はぜひこの目で確かめたい。そこで2、3ヵ月のうちにでも行きたいと考えています。

 これは江戸時代以降の民間伝承によるもので、謎の生物とされる物体らしい。民間伝承の謎の動物というと、すぐに思い出されるのが「ツチノコ」です。ただツチノコは生きている実物はもちろん、死骸なども検証に堪え得るものは出ていないと思う。ケサランパサランは写真もいくらもありますし、公共の機関で飼育しているとなると、インチキなものとも思えないのですが…。

 綿毛のように白くフワフワと空中を浮遊しているのが特徴だという。写真で見る限りダウン(羽毛)状のものや毛玉状のものなどがあるようです。大きさや数、動きなどに一貫した特徴は設定されていないという。
 穴の空いた桐の箱で、おしろいを餌にして育てることができ、持ち主に幸運を与えるとされている。また、年に2回以上見てはいけないし、人に話すと効果が薄れるなど、さまざまな付随伝承もあるらしい。

 その正体としては、たんぽぽの綿毛など植物由来のもの、ウサギの体毛など動物由来のもの、また昆虫(雪虫、アオバハゴロモの幼虫)など諸説あるが、明らかになっていない。1970年代、その名称や形状の特異さなどによりブームを巻き起こし、マンガやテレビなどにも登場した。

 名前の由来については、スペイン語の「ケセラセラ」」が語源だという説、「袈裟羅・婆裟羅」(けさら・ばさら)というサンスクリットが語源だという説、「何がなんだかさっぱりわからん」を意味する東北地方の方言との説など(ウィキペディア)があるという。
 いずれにしても一度この目で確かめて、その時は写真と一緒にまたお伝えします。

ケサランパサラン
江戸時代からの民間伝承生物
ケサランパサラン
(画像はGoogle検索より)

緊急搬送の妻を迎えに富山へ、指圧ボランティアの帰途に脳出血の後遺症

 ご無沙汰しました。
 実は12、13の両日を使って、病気の発作で入院した妻を迎えに富山まで行ってきました。帰宅後の何日かを雑務で追われ、やっと一段落といったところです。

 妻はお盆休みの11、12日を使って指圧のボランティアで富山市まで出かけたのです。平成10年の暮れに脳出血を起こして以来、妻は何度かその後遺症に悩まされていました。専門医によると、脳出血を起こした人の3割ぐらいがてんかんの後遺症が残るということでした。
 例にもれず妻も病後、8年弱の間に5回救急搬送されました。私が出向いて事なきを得た、それほど状態がひどくなかった例も2、3ありました。

 このてんかんはほとんどが投薬で発作を抑えることができるそうです。ただ妻は薬を飲むことが大嫌いでした。飲むと副作用らしきものが出て、体が動かなくなってしまう。
 しかし何度かてんかん発作を起こすうちに、「みんなに迷惑をかけるから、いやだと言っておれない」と、欠かさず服用するように努力していたのです。今回もきっちり薬を飲んでいての発作でした。

 ボランティアでも青森、福岡、沖縄(西表島)などホテル泊の時は、夜間あるいは入浴中の不測の事態を慮り、私が同行していました。今回は妹夫婦の家が広いからそこでデモンストレーションを行い、ついでに宿泊するということでした。
 以前も自宅近くのららぽーとへ行ったとき、音量を上げたBGM、幼児・子供らの甲高い叫び声で危うく発作が起きそうになったこともあった。カラオケなどはまず行きません。

 前夜、「大丈夫ですから」と電話があり安心していました。ところが次の日、帰る妻を妹夫妻が駅まで送った。その時、知り合いに名物の「鱒ずし」を買おうとショッピングセンターに入った。お盆でもありその喧噪ぶりはひどかったらしい。
 私は自宅にいましたが妹夫婦から、妻が発作を起こし緊急搬送されたと電話がありました。私はなにがしかの金をポケットにねじ込み、富山へ急ぎました。搬送先は富山赤十字病院。ただ次の日退院できるということでしたので、私は宿泊のホテルを予約し、世話をかけた妹夫婦とそこのレストランで夕食をともにしました。

 翌日、もし盆のラッシュで新幹線の切符がとれなかったら、ゆっくりもう1泊して、妹夫婦とうまいものを食べて、翌朝早い列車で帰ろうと思っていたのですが、案に相違してグリーン車も、普通車指定席も空席があるのです。グリーン車はガラ空きでした。
 まだUターンまでには間があったのでしょう。もう少しゆっくりしたかった、ちょっぴりがっかりしたのが正直なところです。

 妻も、今度は生活習慣を変えることの大事を強く思ったようです。同じ繰り返しでは「脳」にもいい影響があるはずがない。私も協力して、なんとしても悪連鎖を断ち切っていきたいと思います。


 遅くなってしまいましたが、ここで一言だけ申し述べておきたい。
 山口県周防大島町で12日から行方不明になっていた藤本理稀(よしき)ちゃんが、実に3日ぶりに無事見つかった。2歳になったばかりの嬰児ですよ。真っ暗な山の中で夜中もたった1人です。どんなに怖かったか、お腹も空いていたでしょう。
 大分県からボランティアで捜索に参加した尾畠春夫さん、見つけてくれて本当にありがとう。彼は150人捜査陣の中に入ったのではなく、独自に思うところを探したらしい。見つけたと知った時には思わず涙が出てきた。

 テレビでちらっと見ただけですが、県警柳井署は署長名の感謝状(かなにか?)を尾畠さんに贈ったらしい。それはそれでいいでしょう。だがすぐに県警本部長の感謝状を贈るべきでしょう。
 さらに本部長は、必要があると認めるときは、県警の訓令に掲げる以外の表彰をすることができる、ということだ。150人の捜査陣と別行動をとって発見した功績は、特筆大書すべきではありませんか。捜査陣の1人として参加していたら果たして見つけられたか、ということも考えないことではありません。でも本当によかった。
 その後、理稀ちゃんが夜泣きをすることはないかな? ご家族もメンタルケアを忘れないでいただきたい。

北朝鮮のCVID順守は譲れない一線、閉塞感を拭えない米朝協議が残念

 ポンぺオ米国務長官は7日、平壌で北朝鮮の金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長らと、非核化に向けた2日目の協議を行った。しかし毎日新聞はじめ各紙を読み比べてみても、さっそく行き詰っているのを感じる。
 私は「北朝鮮が核を手放すことは考えられない」と言い続けてきたが、ここへきて北は本性を見せ始めたといってもいいのではないでしょうか。

 次が毎日新聞(7月8日)からの抜粋です。
 「北朝鮮の外務省報道官は今回の協議について『米国側の態度と立場は実に残念極まりない』と批判し、非核化についても『意思が揺らぎかねない危険な局面だ』と主張する談話を発表した」

 すなわち米国側が今回の協議で、米朝首脳会談の精神に反して、CVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)だ、深刻だ、検証だ、などと一方的で強圧的な非核化要求だけを持ち出した、と非難。また、朝鮮半島の平和体制構築の問題については言及せず、終戦宣言問題は後回しにしている、と不満を述べたというのです。

 今回の米朝協議直後に北朝鮮は、非核化よりも北朝鮮に「安全の保証」を提供することを求めているという。「これは決して『軍事的な身の安全』だけではなく、経済制裁の緩和と経済協力など自らの要求を優先するよう強く主張する可能性が高そうだ」と毎日新聞は解説している。

 アメリカは北朝鮮の巧妙悪質なトラップに引っかかったのではないか。
 米朝主脳会談が始まる前は「無条件で核放棄」を目指していたのではなかったか。無条件で核を放棄した後、経済制裁解除、経済援助をしてあげましょう。さらに「体制保証を」との要求に対し、了解したものと私は理解していました。現在の進展状況では、まるで「1つの核実験施設を破壊したら、それに見合う経済協力をしてくれ」と要求していることになる。

 北朝鮮は北東部の豊渓里(プンゲリ)にある核実験場の坑道を爆破して、入口を塞いだというが、この実験場は老朽化して使い物にならなくなっていたというではないですか。しかも記者を呼んで遠くから眺めさせるだけ。そんな爆破作業を1回行えば、それに見合う援助を求めるというのか。CVIDを認めようとしない北朝鮮と、果たしてこの後、協議を続ける価値があるのだろうか。まずその点をはっきりさせて協議に臨むべきでしょう。


プロフィール

村 岡 長 治

Author:村 岡 長 治
出自:兵庫県姫路市
現在:埼玉県富士見市
仕事:特定社会保険労務士、行政書士

筑波大学付属駒場高等学校卒業後、早稲田大学理工学部に学ぶが、家業を継ぐため学業途上で帰郷。
現在、川越・ふじみ野・富士見方面で、社会保険労務士・行政書士業をやっています。

「村岡労務行政事務所」のホームページもご覧ください。

両士業の支部内で、勉強会などを持てるといいと思っています。信頼できる同志との連携を深めたい。

お客様とは互いに信頼でき、長続きする関係を築いて行きたい。

趣味は酒、旅行、絵画・音楽・書の鑑賞など。子供たちも独立して、いまは夫婦2人です。

リンク
カレンダー
11 | 2018/12 | 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
最新記事
最新コメント
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ
訪問者数カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR